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大切な一日は一人だけのものではない
昨日このblogでも紹介した「3万日の授業」の中で、子どもたちに伝えたかったこと、考えてほしかったことの一つは、「大切な一日は、自分だけのものではない」ということでした。
自分が生まれた日は、もちろん自分にとって大切(重要)な日。なにしろ人生のスタートの日ですからね。
しかし実は、この日は、子ども自身にとってだけでなく、親はもちろん、まわりの多くの人たちにとって(も)忘れられない大切な日であるということです。このことを子どもたちにも気がついてほしかったです。
生まれた日だけではありません。今生きている一日一日、そしてこれからやってくる一日一日も自分だけのものではありません。多くの人たちと一緒に生き、成長していくのが人間なんですね。
子どもたちの中には、自分だけのために時間が流れていると勘違いしている子がいるのではないかという疑いを持っています。
けっしてそうではないことを、これからも具体的な事実を通して学んでほしいと思っています。
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3万日の命2007
昨日の市の教育委員会の学校訪問での授業報告です。総合的な学習の時間の授業を展開しました。保護者の方も参加・参観してくれました。概略の報告のみでお許しください。
3年前に道徳の授業として取り組んだ「3万日の命」の授業を、総合的な学習のねらいで、さらには卒業を前にした6年生に合わせて改造して展開しました。
1) 教卓に3万枚のザラ紙を積み上げておく。何枚あると思うか子どもたちに聞く。ひとしめ500枚。それが60しめあることに気づく。
2) 「3万」という数字は、何を表していると思うかの発問。いろいろな発言あり。実は、日本人の一生の日数をおよそで計算した数であることを伝える。計算は下記
「365×80.6+40(閏年分)」で29459日。約3万日。
3) しおちゃんマンが49歳として、もうすでに17,885日+12(閏年)=17,897日使ってしまい、残りは、29,459-17,897=11,562日…、であることをザラ紙の山を移動させながら話す。それに対して子どもたちは、現在12歳として、365×12=4380。まだたくさん残っていることをザラ紙の山を動かしながら話す。
4) 残りが少ないしおちゃんマンのザラ紙と、たくさん残っている子どもたちのザラ紙。どちらが重いと思うかを発問。三つの意見が出る。それぞれの理由を尋ねながら話し合う。
A.しおちゃんマンの残りの命
B.子どもたちの残りの命
C.命に変わりはないので、どちらも大切。
5) 命の大切さに変わりはないことを確認した後、実は死亡したときの賠償金は、年齢や男女によって違いがあることを話す。それは収入を元に計算されること。また、男子の方が高くなるのは、日本での職業は男子の方が収入が多い傾向があることも話す。しかし平等にしていこうとする動きがあることも紹介。それでも命の大切さ、一日一日の大切さは変わりはないことをさらに確認。
6) しおちゃんマンが使ってしまった山の中から数枚を抜き出して、息子が生まれた日や、教師になった日など、特に大切だった日を紹介する。同様にまだ使っていない山の中からしおちゃんマンの夢が書かれた一枚を取り出し、しおちゃんマンにもまだ「夢」があることを話す。
7) 次に、子どもたちが生まれた、1994、1995年のと書かれた紙を示しながら、子どもたちが誕生した日について考えてみることを伝える。
8) 何人かの子どもの赤ちゃんの時の写真をスクリーンに映しながら、これは誰なのかを当てる。誰なのかを確認したら、そのお母さんに出てきてもらい、その時の思いを作文にしたものをみんなの前で読んでもらう。同様に、6人の方に読んでもらう。
9) 他の子どもたちにも、家の人からのメッセージが届いていることを伝える。子どもたちの写真と作文が整理されたクリアファイルを子どもたち一人ひとりに配布。子どもたちは親からのメッセージを読む。
10) 子どもたちが誕生した日は、子どもたち自身にとっても大切であると同時に、親やまわりの人たちにとっても忘れられない大切な日であったことを確認。大切な一日は一人だけのものではないことを強調。
11) 最後に親からのメッセージに返信する形で作文を書く。その作文は、来月に予定されている「感謝の会」で一人ひとりが読むことを伝える。
今後子どもたちは、この授業を受けて自分史作りに取り組みます。
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本日、市教委訪問
今日は、浦安市の教育委員会が本校に来校して、それぞれの教師の授業を参観し、指導する日です。(市教委訪問)
全職員に各教科ごとの指導主事がはりついて授業をチェック。午後は子どもを帰して、その授業について教師が指導されます。実はこの数週間、学校はその準備に追われていました。
私ぐらいのベテランになりますと、指導主事のメンバーが元同僚だったり、後輩だったり、中には学級経営について一緒に悩んだ仲間なのでなんともないのですが、若い人たちや、こういったことに力が入る教師は大変だと思います。
また、管理職の方(かた)はその指導力?が問われますので、指導案の段階から私たちに細かな要求をしてくることになります。さらにはこの時期、学校が一斉にきれいになったりします。
ちなみに私は、総合的な学習の時間の授業を展開しなければなりません。総合的な学習の時間の授業は、一時間だけ見てどうのこうのというものではないので、指導主事の方(かた)も大変だと思います。
私の授業は保護者の方の参加も予定しているので楽しみです。教育委員会の訪問で保護者の方が参加したり参観したりするのは異例だと思うのですが、この授業はその準備の段階から保護者の方に大いに協力してもらったので、その旨を校長に話して了解を得ました。
授業の具体的な内容、流れにつきましては、後日このblogでも報告できると思います。
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年賀状のチェックが現実に
教師が出した年賀状について、保護者から学校にクレーム。そこで管理職は、年賀状の中身について十分配慮するようにそれぞれの教師に指導。翌年から年賀状の中身についても管理職のチェックが必要であることを示唆。…そんな話を近県の小学校から聞きました。
そのクレームの中身は、大人に出す年賀状をそのまま子どもに出すのは疑問、といったクレームだったそうです。
そう言えば、私が主催する掲示板でも教師が出した年賀状について同じような内容で、疑問がある、という書き込みがありました。
⇒ ザ・教室 掲示板
実はこのこと(年賀状にまでチェックが入るかもしれないということ)は、しおちゃんマンは、2005年12月に予言していました。
この時は、まさかそんな時代が本当に来るとは考えていませんでした。皮肉の意味で書いたのですが、それが現実に起こってしまう時代に恐ろしさを感じています。
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講座はひかえるつもり
土曜日は、生活指導誌読者公開講座でした。しおちゃんマンは、午後にミニ講座をしました。今回は、一時間程度私が話をして、あとの時間は、参加者にたっぷりと話をしてもらうことにしました。具体的な内容は、月刊「生活指導」誌(明治図書)の6月号(5月発行)で報告しますので、まとめるまで少々お待ちください。
さて、参加者のみなさんからの発言の時間を増やしたことで、私自身の課題が見えてきてよかったと思います。
それは、私の実践提起に対して、「しおざきさんだからできる」といった視線を感じたことです。(できなかった話をしているつもりなのですが、できているように話しているのかも)
現場の目線にこだわってきたつもりだったのですが、講座が続き、ある意味、講座慣れしてしまっている自分に気がつきました。それで知らずしらずのうちに、目線が現場から離れてきているような気がしました。話をおもしろくすることばかりに目が行っていないだろうか。これではいけない。少し講座は遠慮した方がいいかもしれないと思っています。
数年前もそういったことがあり、一年間講座を封印していた時期があります。依頼はあったのですが、申し訳なかったのですがすべてお断りしました。私はあくまでも現場主義でやっていきたいと思っています。現場でボロボロになりながら、はいつくばっている教師でいたいと思っています。
講座はしばらくやめて、実践レポートをどんどん出してみようと考えています。そのために、地道にblogやmixiの日記を書いていきます。
今週の土曜日も大阪に行きますが(公開講座ステージ2)、今度は私は講座はやりません。実務部隊(受付の仕事やお金の計算)として参加します。少し今の立場から距離をおいてみようかと思っています。
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絵画教室の作品
総時数6時間、外部からの指導をお願いした「絵画教室」が終わりました。
5点、作品を紹介します。なお作品の写真は無断転載禁止、著作権は子どもにあります。
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明日、公開講座
明日、生活指導誌読者公開講座が、東京の國學院大學で行われます。私は午後の部で、若者向けの分科会「しゃべり場」で、最初に短く問題提起をします。
いよいよ通常国会がスタートしましたが、安部内閣はこの国会を「教育再生国会」と名づけているようですが、そのねらいの通り教育基本法改悪を受けて、様々な法律が論議されていくのだと思います。
そして、国が教育内容や方法にまで介入できる国を目指し、そのための教師の管理・統制がますます厳しくなっていくことが予想されます。
東京都では、新聞の読者の欄に、教師が投稿しただけで(小学校の英語教育について)、いきなり異動を言い渡された事例もあります。こういったことは今後全国に広がってくでしょう。それだけで異動だったら、毎日のように教育に関わる意見をblogに書いている私などは、すぐに処分の対象にされると思います。
そんな時代にあって、文科省・教育委員会の言うとおりに仕事を進める優等生として生きるのか、それても、あくまでも子どもの側にたって、時には文科省・教育委員会にも意見する教師として生きるのかが今後ますます問われていく時代になるのだと思います。
そして、子どもや保護者のみなさんは、後者のような教師にこそ信頼を寄せるのではないかということを具体的な事例や実践を通して問題提起をしてみたいと考えています。
私の分科会は若い人向けではありますが、ベテランの方もどうぞご参加ください。
この学習会は、当日受付も歓迎しておりますのでお時間があるちはどうぞ気軽にご参加ください。
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保護者との関係
東芝のノートパソコン「dynabookSS S9」が退院しました。スピーカーを取り替えて、約7千円。今日からさっそく復帰です。
今日の午後は、市内の全教職員がそれぞれの部会にわかれての研究会でした。私は「学級経営部会」に所属しています。今日はそこで私が実践講座をしました。
最近の私の講座は、1時間以内にすませるのを基本としています。有名な先生は、2時間も3時間も話をする人がいます。私もそれぐらいの時間を依頼されたことがありますが、もうそういった時代ではないと思っています。つまり「ありがたい話」をじっと聞いているような時代ではないということです。
そこで私の場合は、問題提起的な話を一時間して、あとはできるだけ参加者に話をしてもらったり、対話をする時間にしています。
さて、その後半の対話・交流の時間に出ていたのが、保護者との関係で悩んでいる教師が多いということです。それが学級経営にも影響していたり、仕事に意欲をなくしたり、といったことに結びついています。
参加者からの話を整理してみると、最近の保護者は
○自分の子が、悪いことをしたり(いじめたり)、失敗したりするシュミレーションができない。そのイメージさえも持てない。もはや「うちの子に限って」以前の問題。
○ゆえに、そういったこと(悪いことをしてしまったり、失敗してしまったり)を報告すると、パニックを起こしてしまい、学校・教師批判、さらには、他の保護者批判に向かうことが多い。
○最初から、ケンカごしに話をしてくる親が増えてきた。
といったことになります。
確かにそういった傾向はあるのだとは思うのですが、それぞれ(教師と保護者)がそうやって背を向け合っていては、先に進まないのではないかという話をしました。
まず頭に入れておかなければならないことは、最近のほとんどの保護者のみなさんは、学校・教師を信用・信頼していないということです。(あえてはっきり書きます)私たちはその事実からスタートする必要があります。
しかし私の経験から述べると、どんなに信頼されていなくても、そしてどんな保護者の方でも、きちんと向き合って、同じ目線で話をしていけば、必ずわかりあうことができるということです。
学校と保護者が一体となって、地域でまるごと子どもたちを育てていけるのが公立学校の良さではないでしょうか。その良さを公立学校はぜひ生かしてほしいと思うのです。
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教師、生き方を語れず
最近、自分の生き方…、みたいなことを語る教師が少なくなったことを聞きました。
原因はまず、社会の価値観が多様化し、一人の教師が自分の生き方を語ることに対して自信がなくなってしまったことがあげられます。下手なことを言ったりすると保護者から「それはおかしい」「そんなことは子どもに言わないでほしい」と言われることに対して過剰に警戒してしまう傾向があるということだと思います。
二つ目は、そのことと関連して、上からのしめつけがあります。「何も言うな」とは言わないまでも、下手なことを言って保護者から批判を受けることのないように、といったことはたくさんあるようです。
そんなこんなで、教師と子どもたちとの、人としての「出会い」がなくなってしまった気がしてしかたがありません。
「先生の言っていることはおかしい」と思ったとしても、それなりに熱く語る教師に対して信頼が持てた関係が以前はあったような気がします。
教師は教師である前に一人の人間です。その「人間」を子どもたちにぶつけないで、どうして教師として子どもの前に立てるのかと、私などは考えてしまうのです。
完璧でなくてもいい。子どもたちに教師自身が「自分」をぶつけることで、私たちは初めて教師になっていくのではないでしょうか。少なくとも、私が影響を受けた教師は、みんな、そんな生き方をしていたような気がします。
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卒業証書の名前
本日、卒業証書づくりのための、氏名確認の手紙を保護者の方に配布します。卒業証書は、可能な限り戸籍どおりの漢字を使います。
さて、戸籍どおりの漢字については、普段は意識しないもので、ずっと勘違いをして使用していたということも少なくないようです。
私も、塩崎の「崎」が二通りあることを社会人になってから知りました。つまり、「崎」のツクリの上部が、「大」の場合と、「立」の場合があるわけです。
それである日、「崎」であることを確認してから、印鑑を作った覚えがあります。
これを機会に確認してみるといいかもしれないと思いました。
また、子どもの名前にこめられた親の思い…、みたいなことも、これを機会に話をしてほしいと思いました。
卒業式では担任が、子どもの名前を一人ひとり呼名します。
一人ひとりの名前にこめられた、保護者のみなさんの気持ちを感じながら、名前を呼ばせていただこうかと思っています。
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浦安でオフ会
先週の土曜日は、浦安フリートークメーリングリストのオフ会でした。mixi関連で参加してくれた方も含めて、9名の参加者でした。そのうち、教師が4名、一般が5名です。
私たち教師にとって、教師でない人たちとコミュニケーションをとることは大切だと思っています。いや、何よりも楽しいです。楽しいのは、きっと普段とは違った「情報刺激」があるからだと思います。
一方、一般の方にとっても、学校の教師とコミュニケーションをとる機会はあまりないのではないでしょうか。そして、いつも思うのですが、私たち教師が考えている以上に、一般の方は学校現場を誤解していることが多いです。でもそれは当たり前で、敷居を高くして、閉ざしていたのは学校の方なので。
三ヶ月に一回くらいのペースで開いているので、その時はまたアナウンスしますので、お近くの方はどうぞお気軽にご参加ください。
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学力は本当に低下したのか
学力低下が言われるようになった数年前から、私は本当に学力は低下したのかどうかがずっと疑問でした。
理由は、それまでもいろいろな都道府県が、「うちの県は、全国で学力が最下位である」と言いながら、不毛な学力向上運動を進めてきたことを知っているからです。
そんなにたくさん「最下位」があるわけがないわけで、都合のいい調査を利用しながら、そういったことを進めてきたのだと思います。つまり、意図が先で、調査はそのために利用した、ということですね。
だとしたら学力低下問題についても、どんな調査によってそれが証明されるのかを注意深く分析しなければならないのではないでしょうか。
そして、その調査が、いったいなんの目的で利用されたのかも見ていかなければなりません。
そのことについてズバリ解答を示してくれているのが、右サイドバーでも紹介させていただいている、子安潤氏の「反・教育入門」です。
子安氏によると、調査に利用される資料は、「IEA(国際教育到達度評価学会)のものと、「PISA(経済開発協力機構が行った調査)」」であると言います。
IEAは、数学と理科の調査です。数学の日本の順位を見ていくと、1964年…2位、1981年…1位、1995年…3位、1999年…5位。
これだけ見ると確かに順位が下がっているように見えますが、実は参加国数と、参加国に違いがあるということです。つまり、当初は数学の場合22ヵ国。しかも、シンガポール、韓国、台湾といった国は参加していませんでした。その後参加国が増えたので、この順位だけでは学力が低下したかどうかは判断できないことは小学生でもわかります。
また、PISEの調査では、読解力が「低下傾向」にあるものの、数学的リテラシー、科学的リテラシーは日本は今でもトップグループにいると判断されています。
このように、政府やマスコミが声高にさわぐほど、実は学力は低下していないのではないかというのが私の判断です。
だとしたら、なぜ今、学力低下問題がとりあげられるのかを考えていかなければなりません。詳しくは、子安氏の「反・教育入門」を読んでみてください。
ちなみに私は一方で、ペーパー解答型の学力(それが本当に学力といえるのかという疑問を持ちつつ)は、格差が広がっていると判断しています。しかし、その苦手な子の様子を利用して、学力が低下していると声高にさけぶのは、政府の無責任な姿勢であると言わざるを得ません。
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子どもとの関係に何が生まれるか
教育再生会議の提言がほぼまとまったようです。
今回はその一つひとつについてコメントすることはひかえます。
ただ、それぞれの提言が、「教師と子どもの関係に何を生み出すのか」といった視点で見ていくことは重要です。
つまり、体罰の見直し、いじめ→出席停止、授業時数の拡大、教師の免許更新制度…エトセトラ。
こういったことが進められていくと、教師と子どもとの関係に何が生まれるのかということですね
「荒れ」と「学級崩壊」は違う、と以前書きました。
「学級崩壊」というのは、教師と子どもたちとの信頼関係の崩壊です。すなわち、子どもたちが荒れていなくても、学級崩壊は起こる、ということです。
「2007年は、学級崩壊がこれまで以上に増え、問題になるのではないか…」ということを、12月31日のメッセージで書きました。そうならないことを祈るばかりです。
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Picasa ウェブアルバム
自分のサーバの容量には限界があるし、mixiのフォトアルバムは容量が小さいので、無料のウェルアルバムをさがしていたのですが、グーグル系のウェブアルバムがいいようなので、利用してみることにしました。
現在、今までのアルバムを移行中です。
最近は、デジカメよりも、携帯で撮ることの方が増えました。( WILLCOMのPHS「WX310K」)
手軽に撮れるし、ホームページ掲載用だったら十分だと思います。黒猫ヨシムネの写真はすべて携帯のカメラで撮っています。
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絵画教室1日目
17日(水)は、絵画教室の1日目でした。外部から講師の方をお招きして静物画の学習をしました。
時間をかけて指導していたのは、構図です。
まず、素材をマグネットで画用紙に貼っていくことで、どのような構図がいいのかを学習しました。
○バランスを考えること。
○手前を空けること。(子どもは、画用紙の下、ぎりぎりに描こうとします)
○描こうとする物を一直線にそろえないこと
などを学習しました。
学習したキーワードをおさえて描くと、おくゆきのある、立体的な絵が、どの子も描けるようになりました。
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暴力が内に向いていること
最近、嫌な事件が続きますね。兄弟同士が、夫婦同士が残酷な形で殺しあう時代になってしまいました。こうした暴力、犯罪が外にではなく、内に向かってしまっていることに危惧を感じています。もちろん外にだったらいいということではなく、内に向かっていることの問題を考えてみたいと思ったわけです。内…、つまり家族ですね。
しかし実は、家族というものは、外に開いているものでして、けっして家族だけで収束しているわけではないのだと思っています。
たとえば、家族の誰かにストレスがたまっていて、それがもとで家庭内にトラブルが生じているとしたら、そのストレスの原因は外との関係におうところがほとんどだと思います。けっして家族そのものに不満やトラブルがあるばかりではないということです。だとしたら、家族の問題は外との問題を考えながらのりこえていかなければならないのではないでしょうか。
もし家庭内で、子どもに関するトラブルがあったら、すぐに外…、たとえば学校に相談するべきだと思います。なぜなら、子どもの生活のほとんどが学校にあるのが日本の子どもたちだからです。
もし学校が相談にあたいするものでなかったら、ご近所同士で、またはしかるべき相談所等に相談するべきだと考えています。
絶対に家庭内だけで悩んだり、自分たちの子育てを責めることはやめましょう。それでは絶対に解決しないのだと思っています。
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恩師に会う
昨日、勤務終了後、八千代高校時代の恩師に会いに行きました。もっとも、自分が勝手に「恩師」と思い込んでいるだけです。
詳しいいきさつは、下記のページに書きました。
⇒ 勝田台
S先生は、私が勤務している学校と同じ市内の私立高校の校長先生をしています。
お会いしてみると、三十数年前とまったく変わっていないことにまずびっくりしました。そしてうれしくなりました。
翌日が試験だということでお忙しそうだったので、お話ができたのは10分くらいだったでしょうか。来月にあらためて同窓会を開くことを約束して別れました。
話の中で、「まだ管理職にならないのか」「まだチャンスがあるだろ」と何度も聞かれたので困りました。
管理職にならずに最後まで教室の教師でいることを決心させてくれたのはその先生だったのですが。
さて、その先生から一番学んだことは、子どもたちとの「距離」の問題です。(もちろん後で振り返ってみてわかったことなのですが)
近からず、そして遠からず…、信頼を得ながら、指導-被指導の関係が築ける「距離」です。
近すぎると馴れ合いになります。遠すぎても信頼を得ることが出来ません。子どもとの距離は難しいです。それを身をもって教えてくれたのがS先生だったと思います。
そして何よりも子どもの側から物事を考えること。そんな先生だったからこそ、50歳になる年になっても、会いたくなる先生なのだと思います。
来月の50歳同窓会が楽しみです。
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いじめ→出席停止問題
どうやら、教育再生会議のメダマは、次の三つにしぼられてきたようです。
●教員の免許更新制度
●授業時数を増やすこと
●いじめ→出席停止
これらが、新教育基本法を背景にして具体的に法案化されていくのだと思うのですが、最後の「いじめ→出席停止」については、現場レベルではよく意味がわからないというか、イメージがわいてきません。
義家さんにしても、自分で「いじめる側、いじめられる側がコロコロ変わるのが今のいじめの特徴」と言いながら、この出席停止論を先頭に立ってとなえているので、余計によくわかりません。
つまり何が言いたいかというと、
★いじめの構造において、誰を処分するのかが(あえて処分という言葉を使わせてもらいます)、あいまいである。
★何をもって、どのタイミングで、いじめと判断するのかがあいまいである。
★出席停止にして、何をしようとしているのかがあいまいである。
ということです。
たとえば、「ウザイ」「死ね、消えろ」といじめられていて、それだけでなく他の子からも無視されといる……、と訴えている子がいたとします。ところが、そのいじめられている子も以前、いじめをしていたことがこの時点でわかったとします。さて、この場合、誰を出席停止にしますか?
三つのメダマのうち、最初の二つは具体的にわかります。(賛成ということではありません。むしろ反対。やりたいことはわかるという意味。反対の理由については別の機会で。)
それに対して、三つ目についてはもう少し詳しく聞いてみたいものです。
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ノートパソコン入院
dynabookSS S9(東芝のノートパソコン)の入院が決まりました。全治10日だそうです。
⇒ dynabookSS S9(12.1 PentiumM1000MHz)
秋葉原の東芝PC工房は10:00からなのですが、早く終わらせようと、9:45ぐらいに行きました。ところがすでに2人の方が並んでいました。
⇒ 東芝PC工房
3番の整理券を取って待っていると、すぐに呼ばれました。見てくれる人は、みなさんベテランの方ばかりだったので、ちょっと心配になりました。
「音がならなくなってしまったのですが…」
と言ってみると、外部のボリューム調節器をさがし始めました。私の機種には外部調節はついていないので、そのことを伝えました。そしてますます心配になりました。
しかしその後はさすがプロ。手際よく
○ミュートのチェック。
○デバイスマネージャのチェック
の、両方に異常がないことを確認すると、次にイヤホンを持ってきて、イヤホンだったら聞こえることを確認。そして原因はスピーカーの故障であることの診断結果を出してくれました。
修理終了まで、約10日。
当面は、ブログやホームページの更新、メールのチェックは、PowerBookG4 で。
文書作成は、USBメモリーにバックアップしたデータを使って学校のパソコンで、ということになりそうです。つまり、仕事が家でできないということ。ちょっとつらいです。
めったに行かない秋葉原。駅前がずいぶんと変わっていましたが、一本道に入ると、変わらぬ風景がありました。秋葉原らしさは、路地裏にあるのかもしれません。
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日本未来科学館への下見
2月の校外学習で国会議事堂に行くことを先日書きましたが、その日の午後は、日本未来科学館にも行くので、その下見に行ってきました。
●⇒ 日本未来科学館
私自身、初めてなのでどんな所なのか興味がありました。
ここでは、先端の科学技術が下記のテーマ別に紹介されていました。
○生命の科学と人間
○地球環境とフロンティア
○技術革新と未来
○情報科学技術と社会
○地球環境とフロンティア
しおちゃんマン的には、○技術革新と未来 のフロアが気に入りました。アトムや鉄人28号の世代だから、ロボット好きなんですよね。
癒し系のロボット(セラピー用ロボット)や、アシモ、その他いろいろなヒューマロイド型ロボットが展示されていました。
ちなみに、ここの館長は、宇宙飛行士の毛利衛さんです。
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パソコン故障?
dynabookSS S9(東芝のノートパソコン)がどうやら故障してしまったようです。
⇒ dynabookSS S9(12.1 PentiumM1000MHz)
音が鳴らなくなりました。
ウィンドウズを起動した時に鳴る、例の音。 クリックした時の、カチッという音。
そういった音が鳴らなくなってしまったのです。
しかたがないので、秋葉原の東芝PC工房に入院させることを決意しました。土曜日に行ってきます。
今は、Macを使っています。
⇒ 東芝PC工房
今日は、バックアップをとることに追われそうです。
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書き初め
昨日は学年全員で体育館に集まって、書き初めをしました。
『夢の実現』と書きました。
書き初めは、正月2日に初めて書や絵をかく儀式です。絵をかくことも「書き初め」と言うのですね。
これは、古く宮中で始まった行事ですが、江戸時代に、寺子屋の普及とともに、庶民の間にも広まりました。この日に書いた書を、左義長(1月15日)に燃やすと、書の腕前が上がるといわれています。
年々学校も忙しくなり、こういった年中行事を行うことが難しくなってきましたが、まだ残っている行事について、その意味を子どもたちに簡単に話してあげることも大切だと思っています。
ちなみに今日は、「鏡開き」です。
お正月のあいだ、神棚や床の間に供えた鏡餅を、おしるこやお雑煮にしていただく祝い事です。固くなった鏡餅を切る時は、包丁などの刃物を使わずに、手や木槌などで割るのが決まりだそうです。
始めは武家社会の風習だったため、切腹に通じる「切る」ということばを避けて、「開く」という縁起のよいことばを使ったそうです。
調べてみると、いろいろおもしろいですね。
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以前、国会議事堂見学で
2月に国会議事堂と、日本科学未来館への校外学習が予定しています。
国会議事堂は、警備が厳しいです。
しおちゃんマンは、その国会議事堂の校外学習で嫌な思い出があります。
前の前の学校で六年生を担任したときに、やはり国会議事堂に行きました。
4クラスで行ったのですが、しおちゃんマンは一番後ろからついていきました。
偶然に、子どもたちの列と少しだけ距離が離れてしまって、子どもたちが国会の入り口に入ってから、しばらく距離があってからしおちゃんマンが入ることになってしまいました。
その時に、警備の人に、袖(そで)をつかまれて、「ちょっと待ちなさい!」と逮捕されそうになりました。
子どもたちがそれに気づいて、「この人、こう見えても先生です」と言ってくれたので、助かりました。
今度行く時は、子どもたちの列からはなれないようにしたいと思います。
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3学期がスタート
今日から3学期がスタートです。
3学期1日目の日刊通信に次のように書きました。
さあ、3学期がスタートしました。みんなの小学校生活も、残り49日。(登校する日)この49日をどうすごしますか?
~中略~
そこで、3学期は次の「慣用句」で。つまり、
●みんなのために、クラスのために
『一肌脱ぐ』「一肌脱ぐ」とは、[人に力を貸すこと。本気で手助けすること。]の意味。肌脱ぎとは、着物の片側の上半身を脱ぐこと。「よし、いっちょやってやるか」のポーズからきた言葉。
仲のいい人だけでなく、クラスみんなのために、一肌脱ぐ生活をしてみませんか?小学校生活も残りあとわずか。このわずかな日くらい、そんな生活をしてみても損はしないはずです。いやむしろ、みんなにとって、とても大切な経験になると思っています。
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部活動の二極分化
4日出勤、5日宮城、6,7日新潟のハードスケジュールが終わりました。さすがに体がきつい。今日はゆっくりしたいです。
上の写真は、ホテルのレストランの入り口にさげられているアルビレックスの旗。新潟の人たちの生活の中に、サッカーが溶け込んでいることがよくわかりました。
さて、千葉や埼玉、新潟の中学校の先生達と話をしていて、中学校の部活動、特にサッカー部で、二つの傾向があることがわかりました。
一つは、上手な子…、本当にサッカーをやりたい子が、学校のサッカー部に入ってこなくなった傾向です。そういった子は、地域やJリーグの下部組織のクラブに入ってしまうということです。(Jリーグの下部組織で選手登録をすると、中学校の試合には出られないところがほとんどです)
ゆえに、中学校に入学して初めてサッカーボールをさわった子が集まるサッカー部も増えてきたとか。
ちなみにこれは野球部も同様のようです。
一方逆に、学校をあげてサッカー部を強くしていく地域もあるようです。そういった学校は外部からプロのコーチを呼んできて練習をしています。
こういった学校は、逆に「一般の子」はサッカー部に入りずらい傾向があるそうです。
だとしたら、中学校で部活動をやる意味は(サッカー部に限らず)、いったいなんだったのかをもう一度「子どもの側から」見直していく必要が出てきたのかもしれません。
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新潟に来ています
八千代高校…、残念でした。ただ、「負けたことがある」という経験は、今後の彼らの人生にとって、必ず大きな宝物になると思います。
選手のみなさん、応援席で応援していたサッカー部のみなさん、必死で応援してきた生徒のみなさん、監督やコーチ、職員のみなさん、本当にご苦労様でした。ここ数日、私もたくさん元気をもらいました。ありがとうございました。
さて、しおちゃんマンは昨日から新潟で研究会の合宿中。(全生研北関東地区学校)
連日の県外で、少し疲れ気味ですが、今年はスタートからとばさなければ大変なことになる予感がしているので、体が続く限りがんばるつもり。
昨年の大晦日に今年を以下のように予想しました。おさらいと整理をしてみると、
○教育の内容や方法にまで国が介入し、そのために教師が管理・統制されていくのが今年の動き。
そのことによって、
・教師と子ども、保護者とのトラブルが増えるでしょう。
・第二次学級崩壊時代が到来し、学級崩壊を起こしたと「みなされた」教師はどんどん処分されるでしょう。
・教育委員会や学校、教師を相手取った「教育争議」が多発するでしょう。
・教師の精神的疾患によるリタイアが増えるでしょう。
新教育基本法成立で、その関連法案がどんどん提出されて可決されていけば、上記のことがどんどん起こって、日本の教育は一気に崩壊します。
教育基本法が国民になんの説明もなくああいった形で可決されてしまったことが、どんなことを呼び込んでしまうのかがいよいよ形となってあらわれてくるのが、2007年です。
しかし、日本の教師はまだまだ捨てたものではない、というのが私の見方です。
子どもたちのリアルな現実を直視し、子どもや保護者の側からの教育を進めていこうとしている教師はまだまだたくさん存在しています。そんな教師は、マスコミにも紹介されることなく、地道に現場で、コツコツと、それこそ、はいつくばってがんばっている教師たちです。地上の星どころか、地下の星なのかもしれません。
こういった厳しい時代の到来の時期に、そんな教師たちの出番だと思っています。それぞれが現場から声を出し、連帯していけば、きっと今の危険な流れを変えることができると信じています。
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今日から新潟
八千代高サッカー…。いよいよ「国立」。ここまで勝ち残ってきた4校はいずれも強いチーム。悔いのない戦いをしてほしいですね。
しかし残念ながら今日も試合を見られません。新潟へ研究会(全生研北関東地区学校)に出かけるからです。(今回は一泊)
新潟では私が講座をやるわけではありません。みんなで実践レポートを持ち寄って分析します。
私もレポートを持っていきますが、かなり細かいところまで分析してくれるので、とても学べます。
実は一昨晩は、ほとんど寝ていません。
宮城に行くのに、4時台の始発電車に乗らなければならなかったのですが、3時に目が覚めてしまいました。二度寝をすると寝坊してしまいそうなので、そのまま起きていたのです。
でも本日の新潟行きは、少し時間に余裕があります。
さあ、八千代高校の後輩達に負けないようにがんばらないと……。
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仙台へ
八千代高校のサッカーの試合を気にしつつ、本日早朝から宮城・仙台に向かいます。
宮城民教連の冬の学習会で、5,6日と二日間にわたって開かれます。しおちゃんマンは、5日の午前中の教育講座で話をします。テーマは、「学級づくり基礎講座-3学期のまとめ方と子どもたちをつなぐスキルとは-」です。
講座のテーマというのは、現地のみなさんから私に依頼されてきます。
依頼されたテーマから察するに、3学期にどうやって「まとめ」を行うか、ということと、子どもたち同士をどうつなげていくか、という話を期待しているようです。
実はどんなテーマをいただいても、話せる内容は私の中で決まっている……というか、話すネタがないというか……。とりあえず、私がしてきたこと、していること、これからしようとしていることを具体的に話してくるしかないわけです。その中で必ずテーマにあった内容が含まれていますので、そこを読み取っていただくことになりそうです。
それでも依頼されたテーマについてちょっとだけ書くと、「まとめる」というのは、教師側の発想・都合ではないかという疑いを持っています。
また、スキルというのは、きっかけとして使う技術であるということです。
いずれにしても、いつも書いているように私は「カリスマ教師」と言われているみなさんとは違いまして、失敗ばかりの実践です。
「こうやろうと思ったら、こうなっちゃった…ハハッ」っていう感じの話が多いです。そして、どうしてそうなってしまったのか、そうなっちゃったけど実はその裏にはこんなすてきなことがあったのではないか…、ということは必ず話すことにしています。
日帰りです。明日からは新潟なので。
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八千代高校ベスト8
我が母校「千葉県立八千代高校」が全国高校サッカー選手権でベスト8に勝ち上がっています。国見高校や、昨年度優勝の野洲高校に勝ってのベスト8ですので、すごいと思います。
もしかしたら「○勝」などと口にすると負けちゃいそうなので、その言葉はもう少し我慢して、引き続き必死に応援します。
そう言えば、昨年の暮れに高校時代の友人と忘年会をしたことを書きました。
⇒勝田台
それはさておき、試合のTV中継を見ていて「ふーん、そうなんだ…」と思ったことは、この高校が「進学校」として紹介されていたことです。
私がいたころはもう30年以上も前ですから時代は大きく変わっているのでしょうが、当時は「進学校」ではありませんでした。
体育科ができて、各種目でスポーツが優秀な子をその体育科に集め始めたころでした。それにしてもその体育科も一クラスしかありませんでした。つまり40人程度。
サッカーも私が3年生のときに初めてお正月の大会に出ましたが、サッカー部には体育科の子は一人か二人しかいなかったのでは?
勉強の方は、偏差値は中くらい。ガリガリ勉強する子もいなかったし、いわゆる一流大学に入る子もあまりいなかったと記憶しています。
今にして思えば、そんな学校だったから自分にはあっていたのかなと……。部活動も一生懸命やりましたが、それ以外でも友達とのびのびとつきあって、楽しく生活していたように思います。そしてその中で、いろいろなことを学んだのだと思います。
昨年は高校の未履修の問題が大きくクローズアップされました。進学率や進学状況がいい学校だけが良い高校ではない、という当たり前のことを、「上」の人にはもう一度思い出してほしいしです。
また、保護者のみなさんも、長い目で見たときに、子どもにとって何が一番大切なのかを見直してほしいとも思っています。
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最後のお正月休み
明日4日が日直で出勤、5日が宮城で講座、6~7日が新潟で全生研の北関東地区学校なので、8日がお休みだけれど、実質お正月休みは、私も今日でおしまいです。
昨日から、トレーニングジムが始まったので、さっそく行ってきました。汗がすごく出た。今日も行く予定です。午後は、実家に行かないと…。
そして、明日の出勤でやらなければならないこと。
まずは、1月の後半にある教育委員会の学校訪問に向けて。
(1) 本校の総合的な学習の指導方針や年間計画をまとめた資料作り。
(2) 総合的な学習の授業を見てもらうので、その指導案作り。
次に、全生研(全国生活指導研究協議会)関係で。
(3) 宮城での講座の準備。
・プレゼン用の資料作りをMacのプレゼンテーションソフトで作成。
・紙の資料も作らないと……。
(4) 新潟に持っていく、学級づくりのレポート作り。(確か50部印刷)
その他として、
(5) 人事異動書類作り。異動の希望があってもなくても書きます。
(1)と(2)で時間がかかりそう。ということで、まず(3)と(4)と(5)を先に終わらせるつもりです。
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教師としてのこだわりを大切に
若い人たちには、教師になったからには、自分なりの「こだわり」をもってほしいと思っています。
私自身がこだわってきたものは、教師になってからずっと続けてきた「学級通信の日刊発行」です。
当時から管理職からのチェックや、「学年の足並みをそろえなさい」といった攻撃にもめげず、日刊にこだわって発行し続けてきました。その「こだわり」が今の自分を「教師」として子どもの前に立たせているのかもしれません。
今年からさらに、教師個人の「こだわり」がなかなか許されない時代になっていきます。(あえて言い切ります)
千葉県でも、まったく同じ指導案で授業を進めて、その報告(児童の発言など)を強いるやり方が、早くも研修会などで登場してきています。
教師がその「こだわり」を放棄したら、単なる「教師ロボット」です。そんなロボットには、子どもも保護者も信頼はよせてはくれないのです。
そういった意味で、教師ロボットが大量に出てくるであろう2007年は、学級崩壊が再び大きな問題になってしまうことを、私は12月31日のメッセージで予想しました。(この予想がはずれてくれることを祈りつつ)
ちなみに、自分が「こだわり」を持つということは、同時に他の教師の「こだわり」を尊重するということでもあります。そしてそこから初めて、教師間の「共同」が生まれます。
「共同」というのは、まったく自分を捨ててまわりに合わせる事ではありません。お互いの「違い」を尊重しつつ手を結んで一緒に指導にあたるということなのです。
そんなあたりまえの「共同」のあり方さえもわからなくなってきているのが、今の現場の状況です。
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新しい年が始まりました
さあ、2007年が始まりました。
今年は、教育基本法が変わったということが、どれだけ大変な事件だったかということが、少しずつわかってくる年でもあります。
どんなに情勢が厳しくなっても、最後まで目は子どもたちの方に向けておくこと。そのためには、ある意味、闘わなければならない年だと覚悟しています。
そういった意味で、今年は自分にとって、大きな節目の年になる予感がしています。
4日から勤務。5日が宮城、6,7日に新潟に飛びます。
今年は最初からとばします。
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