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2006年02月03日

消防署の雑学

消防署見学で、子どもの質問にはヒヤヒヤします。消防署の人たちを困らせる質問をどんどんするので…(笑)

子どもたちが質問した中で、消防署の人たちも答えに困ってしまった内容について調べてみました。

●消防車はなぜ赤いのか

「道路運送車両の保安基準」で消防自動車にあっては朱色とすると定められているからのようです。

一般に消防車は赤と言われていますが、法規上は朱色なんですね。

消防車が赤とされた理由は定かではありませんが、外国から輸入した蒸気ポンプや消防車が赤であった事から、私たちの国の消防車が赤色となったというのが一般的な理由のようです。

それに、赤色は注意力をひく色であり、炎の赤を連想させ警火心を起こさせるというのも理由のひとつだそうです。

●なぜ「119」なのか

国産第1号の電話機が作られたのは、グラハム・ベルが電話機を発明(1876年)した翌々年の明治11年(1878年)でしたが、明治20年(1887年)の末ころに電話による火災通報が始まりました。

その後、大正6年(1917年)に火災報知用の専用電話が制度化され、大正15年(1926年)に自動交換方式が採用されました。

このときは、一刻を争う緊急の電話であることから、ダイヤル時間の短い番号としてダイヤル112番が火災報知専用の番号とされました。

しかし、ダイヤル方式に不慣れなためか誤接続が多く、昭和2年10月1日(1927年)から地域番号として使われていなかった"9"を使うこととし、今日の119番が誕生したということです。

消防署の人たちは次のように説明してくれました。ナルホドと思いました。

つまり、ダイヤルする時、まず急いでいるので、すぐにかけられる1番。

そして気持ちを落ち着けるために、ダイヤルが少し遠い、9番。

119番をかけるときには、落ち着くことが大切であることをこの説明で教えてもらいました。

ちなみに、昭和62年(1987年)に11月9日が119番の日と制定されています。

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消防署の見学

今日の午前中、消防署の見学学習をしました。

男の子の作文を引用させてもらいながら、紹介します。

 今日、浦安消防署の見学に行きました。最初に消防署の車の見学に行きました。
 救急車2台と、はしご車2台と、水そうつきポンプ車2台と、ポンプ車1台と、救助工作車が1台ありました。
 はしご車の大きいほうは、約40m、ビルの何階かというと、12階と言ったのでびっくりしました。
 小さいほうのはしご車は、約15mでした。ビルの5~7階でした。


[40mのはしごを持つ、はしご車]

 水そうつきポンプ車は、1500リットル水が入っているそうです。それでもたった3分しか使えないそうです。
 救助工作車は、なんと15年も使っているそうです。すごいなあと思いました。


[1500リットルの水をつんだ、水そうつきポンプ車]


[レスキュー隊の乗る、救助工作者は少しオレンジ色]

 救急車の中を見せてもらいました。いろいろありました。タンカと、消毒液と、ヌイグルミと、心臓が動いているか調べる物や、ほかにもいっぱいありました。


[救急車(1)]


[救急車(2)]


[指揮統制者にはえらい人が乗る?]


[科学消防車は水では消えない火事のときに出動]

 最後に、通信司令室に行きました。司令室が空になるのは、13年間ぐらいないそうです。


[通信司令室]

去年の119番は、約6500回。そのうち、火事は63件。

火事の原因で一番多いのは、放火だそうです。

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秘密基地もなくなっていく

昨日、昼休みと清掃の時間を使って、一年生から六年生までの縦割りーグループで、学区内の危険箇所の確認をしました。

事前に保護者のみなさんや子どもたちに「危険箇所」についてのアンケートをとって、それに基づいて「危険箇所マップ」も作って配布しました。

「こういったところで、一人で遊んではいけないよ」
と説明しながら、実際に子どもたちと一緒に歩いて確認していきました。

このブログで、その危険箇所の写真を掲載しようと最初は考えたのですが、情報を公開することによって逆に危険になってしまうと考えて、掲載することはやめようと思います。

危険箇所であると認定された場所には、子どもたちの「秘密基地」が作られてある所もありました。

今後は、そういったこともできなくなってしまうのかと思うと、複雑な気持ちです。

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