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熊本大会前日(2)
一般分科会「学校づくり・小学校」の北海道からの報告について、私が熊本に持っていく課題意識を書いておきます。このレポートでは、学年集団の中で、子どもたちも、学年教師たちも実に丁寧に話し合いがなされて、取り組みが決定されていく様子が報告されています。またその話し合いも、子どもたちの「要求」の組織としての話し合いになっているので、子どもたちが実に生き生きと活動していく様子が伝わってきます。
私がこのレポートから学びたいことは、以下の二点です。
一つは、学校の取り組み(この報告では運動会の種目問題)の「決定」はどこで、どのような組織と順序性でなされるのか、ということです。報告の中でも、職員の中から次のような言葉が出てきています。
「職員会議の決定が子どもたちの意見でひっくり返るなんて信じられない」
これは感情的な面も含んでいますが、実に重要な問題提起だと思います。
なぜなら、「指導」とはいったいなんなのか、「合意」とはいったいどのようになされていくものなのか(組織のあり方も含めて)、という問題を含んでいるからです。
同様に、保護者との間には、どのような場でどのような形で合意や決定がなされるべきなのでしょうか。参加者のみなさんで意見を出し合いながら学んでいきたい部分です。
二つ目は、みんなで決めて、執行していく過程、あるいはその後において起こってくるトラブルや事件について、どのように指導していくのか、ということです。
トラブルの読み解きと、それがなされる「組織・場」の問題。
さらには、当事者との話し合いのあり方。
そして関係保護者との話し合いについて。
最後には、一つのトラブルを保護者も含めたみんなの問題としてとらえられる学校づくりのあり方等等…。
この分科会基調で提起されている「顧客ニーズ対応型」の学校から、「教師・子ども・保護者」がつながって、協同・共同の学校づくりをすすめていくための見通しをこの分科会でみんなで明らかにしていきたいものです。
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熊本大会前日(1)
明日から全国生活指導研究協議会(以下、全生研)の第46回全国大会です。
全生研は、文科省や教育委員会が主催する研究会ではなくて、私たちが自腹で主催する民間教育団体の研究会です。今年は熊本県阿蘇内牧温泉で開催され、全国から1000名近い仲間が集まる予定です。
ただ、台風の影響で飛行機が心配…。
しおちゃんマンはこの全生研の常任委員なので、いくつかの分科会の担当になっています。
まず、特別分科会では、千葉県の「教育改革」について15分ほど発言する予定。
次に、問題別分科会では、「荒れ・暴力」の指導の分科会の担当です。
この分科会は、担当者が体調不良で参加できなくなってしまったので、急遽私が担当することになりました。したがって、あまりこの分野について深く学んでいないので、問題提起者の方を中心に運営してもらいます。
個人的には、「荒れ・暴力」の問題と、長崎の事件等の問題はどのようにリンクしているのか。あるいはリンクしていると考えてはいけないのか。そして、もしリンクしているとしたら、表出されてきていることは違っているように見えるが、その根っこの共通の問題は何なのか。といった問題意識を持って参加したいと思っています。
一般分科会では、「学校づくり・小学校」の分科会に担当として参加します。
東京と北海道からそれぞれ実践報告がありますので、そのレポートを参加者と一緒になって分析します。
まず、東京のレポートですが、東京都の急激な「教育改革」路線によって、職員室が暗く、活気のないものになっていく様子が報告されています。また、その中で教師は追い詰められ、体調を崩したり、退職を余儀なくされたりしていく様子もリアルに報告されています。そしてその中でも、教師の権利や子どもたちの指導についてみんなで共通の問題意識を作り出しながら、しだいに職員室が元気を取り戻していくといった報告です。
今の「教育改革」は、「時代の流れ」の中での「世論」を背景に強引に推し進められていくことに特徴があります。しかし保護者によく話を聞いてみると、けっして改革路線を支持しているわけではないことがわかってきます。たとえば、授業時数確保のために、家庭訪問が夏休みに移動したりといったことが私のまわりでもおこっているわけですが、多くの保護者は、授業時数も大切だけど、担任と保護者の関係や、担任と子どもの関係を早くつくっていくことの方がもっと大切だ、といった思いを持っているのです。強引な「教育改革」が進められようとしている今だからこそ私たちはもっともっと保護者との対話を豊かに展開していく必要があるのではないでしょうか。
しかしこの時にむずかしい問題があります。たとえば、東京からの報告に
「私の職場にも激震が走った。異動要項の改悪である。個人の希望から校長の人事構想による異動となった。校長の構想になければ、三年未満でも異動させられてしまうようになった。」
といった報告があるのですが、これは民間の方たちにはなかなか説得力がないのです。
上記の内容については、民間ではあたりまえで、どうしてこれが「激震」なのか理解できないし、逆に「だから教師は甘い」などと批判されてしまうでしょう。したがって、私たちはそういった声に対してどのくらい説得力が持てるのかが勝負になってくるのです。
私の場合、職場で起こっている問題を「それを保護者の前で言えるのか」「学級通信やホームページで公開できるか」などを一つのものさしとしています。そしてその問題を公開するにあたっては、それをわかってもらうための準備にものすごいエネルギーを費やします。
つまり、保護者や住民のみなさんとの間に、こういったすれ違い状況を残したままでは、いくら職員室が元気になっても、結局最後は押し切られてしまう形になることが多いのです。
東京のレポートの私個人のテーマは「職員室の問題を地域・住民の問題にしていくために必要な力量とは?」です。もちろん参加者の興味・関心があるところから分析はスタートさせていくつもりです。
長くなってしまったので、北海道の報告についてはまたあとで。
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