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2006年12月23日

「荒れ」と「学級崩壊」

一昨日、また別の雑誌の取材を受けました。やはり「いじめ」についての取材でした。本を出したりテレビを出たりは嫌ですが、こういった取材は受けることにしています。現場からの声をメッセージとして送りたいからです。

「いじめ」についての取材が最近多いのは、やはりこの問題が大きく取り上げられているからだと思います。しかしどの雑誌もいじめについてはあまり理解していないというのが私の印象です。他の報道機関もきっと同じような理解レベルなのだと思います。

申し訳ないのですがこういった理解レベルでどんどん報道されてしまうところに問題があるのではないでしょうか。(どんなことが理解されていないのかについては今回は触れません)

であるからなおさら現場の声をしっかりと届ける必要があると思いました。

さて今回はいじめについてではありません。今回は、「荒れ」と「学級崩壊」についてです。今回の取材でそのことも少し話題になりました。

結論から書くと、「荒れ」と「学級崩壊」は意味が違います。

生きづらさを抱えている多くの子どもは、やはり教室で「荒れ」という形で私たち大人にメッセージを発信してきます。その原因が家庭の事情であったり、受験に対する不安であったり、友達関係であったり様々です。

そして日本のどのクラスにも「荒れ」ている子どもはいるわけで、今の生きづらさの中でそういった子がどんどん増えてきていることも事実です。

授業中に席を立ったり、教室を抜け出したり、室内でボールを強く蹴ったり、飛行機を飛ばしたり、友だちに暴力を振るったり、校舎を施設をわざと壊したり、これもまた色々。

しかし、そういった「荒れ」た子がいても、そして「荒れ」た行動を毎日とったとしても、学級崩壊にはならないこともあります。逆に、「荒れ」た子がいなくても、または「荒れ」の現象がなくても、学級崩壊状態(授業不成立)になることもあります。

つまり「学級崩壊」というのは、子どもたちと教師の関係性の崩壊なのです。

たとえば子どもが「荒れ」た行動をとったとします。しかし教師はそれをしっかりと受けとめて、事情を聞きながらその子の苦しさに共感しつつ指導すればいいわけです。

ところがこれからは、「教師評価の時代」になっていきますので、「荒れ」の行動があるだけでその教師の評価が下がることになります。ゆえに教師は「荒れ」の行動を、その事情を考えずにいきなり否定することになるでしょう。

そうなってくると、教師と子どもの関係性が崩壊し、やがて学級崩壊につながっていくケースが増えてくることを心配しています。

ここ数年、私の予想と、悪い方へのシナリオがことごとく当たってしまっているので、この件もまた嫌な予感がしています。

wrote by しおちゃんマン

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