2005年10月15日
「環境」が子どもを育てる
本校の子どもたちの「楽器」に対する「勘」というか、「センス」に感心してしまいます。どの子も抵抗感なく、すぐに楽器に親しみ、少し練習すれば立派に演奏できてしまうのですからねえ。
我々のころ、つまり昭和30年代に子どもだった人間からすると、驚いてしまうわけです。
来週の音楽会では教師の演技もあるのですが、正直に言いまして、体育会系のしおちゃんマンにとっては、これが毎年苦痛なわけで、昨年度は、生まれて初めてドラムをやらされて、それこそ泣きながら練習してやっとできるようになりました。
小学校教諭の免許をとる時にも、ピアノの演奏を、それこそ指をつらせながら練習して、やっと合格できました。
センスはないけど、根性だけはあるようで……。
しかし私などとはちがい、今の子どもたちが楽器にすんなり「入れる」ということは、学校の音楽教育の進歩やメディアの影響…、そしていろいろな楽器がすぐに手に触れることのできる本校の環境、その他いろいろなことが影響しているのだと思います。
このように、環境が人を育てるというのは事実でして、そうだとしたら、他の面においても、子どもたちをとりまく環境について十分考えていかなければならないのでしょう。
個別な指導だけでは子どもは育たないということだと思います。
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2005年10月14日
不審者の情報は…
市内にまた不審者が出没しているようだ。
各クラスで再度安全について指導。学校からは注意を促す手紙。市内の学校によっては、集団下校をする学校も。
警察は動いてくれているのだろうか。地域の自治会などの動きはどうなのだろうか。
私のような末端の担任教師には、なかなか外部の動きが見えてこない。
本市の防犯協会のページはこちらです。
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2005年10月13日
合唱&ラップ
本校で、運動会と並んで大きな行事になっている「校内音楽会」が来週の土曜日にせまりました。そして今日からいよいよ体育館での練習が始まりました。
3年生はプログラム一番。合唱⇒合奏の順に発表します。
合唱曲は「空飛ぶにわとり」です。
飛ばないはずのにわとりが、空をとぶことを夢みて、実際に飛んでみせたという歌です。子どもたちには将来、「常識」「あたりまえ」という『しばり』を超えて、このスーパーニワトリのように大きく羽ばたいてほしいと思っています。
一番と二番の間、つまり間奏でラップを入れます。
「ラップを音楽会で取り入れたい」とこのblogに書いた時に、ある中学生から、
「ラップを学校なんかでやるな」
という書き込みがありました。
つまり、ラップというのは、学校文化の対極にあるもの…、学校という「いい子ちゃんでいなければならない」という『しばり』に対抗する文化なのだから、それを「学校くさくするな」ということだったと思います。
ナルホドそうだな…、と共感しました。それでラップの歌詞?をいろいろ悩みました。
まずラップそのものを二つにわけました。
前半のテーマは「教室は間違えるところだ」。このクラスのベースにある方針です。
そして後半は、ちょっと「皮肉」と「ユーモア」もまぜてみました。
合唱の時は、全体を通してスクリーンに絵や写真を映しながら発表します。ラップのセリフも、文字映像で読めるようにしてみました。いろいろ新しいことにチャレンジしてみました。
練習は厳しくなりますが、子どもたちと一緒にがんばりたいと思います。
【参考】
★音楽会のうた・行事のうた
★教室はまちがうところだ
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2005年10月12日
絵を描いてます

四つ切の画用紙に絵を描いています。こども県展に申し込んでいる子もいるので、期限が迫っていて焦っています。
私の場合、基本的に「自由」に描かせています。
いっとき、○○方式…、みたいな指導方法で指導したことがあります。みんなとても上手に描けるようになるのですが、クラス全員同じような絵になってしまい違和感があったので、それ以来、ある程度自由に描かせることにしています。
そのかわり、事前にたっぷりと経験させることにしています。たとえば今回の絵のテーマは「風船バレーボール」なのですが、事前に風船バレーボールをたっぷりと経験してから絵を描きました。するとどの子も生き生きとした絵が描けていました。
どんな絵が完成するのか楽しみです。
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2005年10月11日
実習生の授業

今日は、教育実習生の一回目の精錬授業でした。教科は体育。マット運動で開脚前転の指導でした。先週、ずっと休んでしまったので、十分な準備をしてあげられなくて申し訳なかったです。
本校は、校長、教頭、そして教務の先生も体育が得意なので、厳しく授業を見てもらい、適切な指導をしてもらいました。
しおちゃんマンは、どちらかというと、「授業の力はあとからいくらでもつく、今大切なことは~」と考えるので、子どもとの関係性を中心に見ていました。ただ、これも、私が先週休んだ分、十分な指導をしてあげられなくて申し訳なかったです。
あらゆる場面で迷惑をかけていて、少し落ち込んでいます。
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2005年10月03日
マット運動
教育実習生が体育の授業するということもあり、このところマット運動の指導に力を入れています。
前転(いわゆる前まわり)は、どの子もきれいに回れるようになりました。
後転は、手のつき方を丁寧に指導したところ、まったくできなかった子もほぼできるようになりました。後転はうまく回らないと首に負担がかかるので、首の準備運動も入念にやっています。
しかしここらへんから個人差が出てきます。後転がきれいにできるようになった子は、開脚後転にチャレンジさせています。ひざを曲げずに、きれいにまっすぐ足を開くのがむずかしいです。今の子どもたちは体がとてもかたいのです。
実習生は来週、開脚前転の指導を中心に授業を進めます。読者のみなさんも経験があると思うのですが、これがけっこうむずかしいのです。なかなか立てない。
また、個人のめあてを持って運動させるために、がんばりカードを作って、いいろなコースも準備するつもりです。
器械運動は苦手で好きではない子が多いのですが、私は指導するのがけっこう好きなのです。理由は、できなかったことができた時の子どもたちの笑顔がとてもすてきだからです。
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2005年10月01日
学校公開日
安全管理のために正確な期日は書けませんが、学校選択のための一週間にわたる学校公開日がまもなく始まります。もっとも、ここで期日を書かなくても、広報等で公開されているので、ほとんど意味がないのですが……。
市の取り組みなのだから、学校の安全管理のために、公開期間は市の職員を学校に配置するべきだという私の意見はほとんど無視されています。ということで、学校が市民に公開される期間、本校職員で不審者侵入に備えて安全管理をしなければなりません。これは絶対におかしい。
それはさておき、本市の学校選択制は「学校規模の適正化」が名目になっていまして…、つまり小さな学校を「受け入れ校」として指定し、その学校のみ選択できる、という形になっています。
しかし、その「指定校制度」もかなり柔軟になってきていることも事実です。また、小学校では、学区外入学は一桁ですが、中学校になると、二桁の人数になる学校もあります。
本市の制度が、学校の統廃合を止める取り組みになるのか、逆に学校間競争が激化して、統廃合を推し進める形になるのか、注意深く見ていく必要があります。
また、学校間競争が悪い方に激化し、子どもの問題を表に出ないように隠蔽したり、小さな問題でもすぐに施設に送って切り捨てたり、といった方向に向かないことを祈るばかりです。
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2005年09月30日
体験入学生との出会い
クラスに(3年生)、ニュージーランドから一ヶ月間体験入学をしていた女の子が今日でお別れになります。
日本語がまったくわからず、最初はとても不安な顔をして席にすわっていたのですが、後半は子どもたちと簡単な会話ができるくらい日本語が上手になりました。
あらためて子どもの適応能力のすごさ、可能性の大きさを感じて感心しています。
その子にとってはもちろん貴重な体験だったと思うのですが、実はクラスの子どもたちにとってもとてもいい出会いと体験ができたのだと思います。
これは単に、英語を覚えたとか、そういった技術的なことではなくて、一人で言葉がわからない場所で生活することの不安にたいして共感し、自分に何ができるのだろうかと子どもたちなりに考えるとか、そのためにコミュニケーションをどうとったらいいのだろうかと悩むとか、一人の友だちとの出会いから実に様々なことが学べたのだと思うのです。
今回の子どもたちの出会いを、お互いに、未来に生きる「力」としてほしいと思っています。
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2005年09月29日
スポーツテスト
今日はスポーツテストです。最近では、「新体力テスト」と呼んでいます。
3年生は、握力、上体起こし、長座体前屈、反復横とび、20mシャトルラン、50m走、立ち幅跳び、ソフトボール投げ、といった種目のテストをします。
全国的に行われているのでしょうか?
最近の子どもたちは、個人差が大きいことが特徴だと思います。
個人差が大きいということは、逆にすごい記録を出す子もいるということなので、「平均」の記録で判断すると、体力が落ちている子が増えていることに気がつかないことがあるので、注意したいです。
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2005年09月28日
校庭から消えていくもの
体育で、マット運動の指導をしています。
最近の子どもたちは、たとえば授業でマット運動の前転を教えても、日常的に「転がる経験」が少ないので、昔のようにすぐに身につきません。1,2年生の時に上手にできていても、3年生になるとできなくなってしまっていることが普通です。また、指導中に前転の練習をしていると、よってしまう子もいます。
私自身が子どもの時は、たとえば校庭の砂場に跳び箱が日常的に置いてあって、休み時間に自由に練習することができました。もちろん教師などはついていませんでした。
今では、怪我が心配で、そんなことは考えられません。実はこれは、子どもの怪我が心配なこともありますが、責任問題もあるのです。教師が見ていないところで大きな怪我があると学校に責任が問われてしまうわけです。
ちなみに、ぶらんこが校庭にある学校が少なくなってきているようです。本校にもありません。そう言えば、ジャングルジムもないし、吊り輪もないなあ。あと、ぶらさがつてグルグル回るやつ…、名前はわすれちゃったけど…。他にも以前あったけど、校庭からなくなってしまった遊具があると思います。
このままだと、今に、鉄棒も校庭から姿を消してしまうのではないかと心配しています。とりはずせるしくみになっていて、体育のときだけセットするといったことになるかも……。
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2005年09月25日
小学生の対教師暴力増加?
文部科学省の調査によると、公立小学生が04年度に学校内で起こした暴力行為は1890件で前年度比で18%増になっていることがわかったそうです。
何をもって「暴力行為」としているのかな?と、まず疑問に思いました。
少なくとも、「これは暴力である」と決めているのは学校であることに注意しなければなりません。つまり、こういった調査は学校の子どもたちの見方や関係性によって変わるものだということです。
さて、こういった調査結果が出るたびに思うのですが、いったいこの調査はどこでやっているのでしょうね。少なくとも私の教師人生の中でこういった調査に関わった事は一度もありません。
また、件数は数字で出るわけですが、何をもって「一件」と数えるのかもよくわかりません。
たとえば、A君が暴れて机を投げたとします。教師が止めて、10分後に今度はイスを蹴飛ばしたとします。これは一件なの?それとも二件なの?
B君が興奮して教師の胸ぐらをつかんだけれど、落ち着かせたらすぐにあやまった…、これは「一件」として報告するの?ということです。
もし私が調査に答える側だとしたら悩むと思います。
ということで、私は子どもたちの状況をこういった数字で「増えた・減った」と騒ぐのはナンセンスだと思っています。
ただ、注目しなければならない項目はあると思っています。
それは、「対教師暴力」といった調査項目について反応した学校が増えているということです。
実際に「件数」が増えているのかどうかは上記の理由により確かではありません。また、何をもって「暴力」であると決めて報告したのかもよくわかりません。
しかし少なくともこの調査項目に反応した人が小学校に多かったということに注目しています。つまり、この学校と子どもたちとの「関係性」が気になるのです。
また、校内暴力で警察に補導された小学生の数は04年度が24人。02年度の2人、03年度の11人から急ピッチで伸びていたということです。
これは、警察に通報した数が増えたということだと思うのですが、これは子どもの暴力が激しくなってきたからなのか、それとも学校がすぐに警察に通報するようになったのか、あるいは両方なのか…、まさか「胸ぐらをつかまれた」だけで警察に通報するとは思えませんが……。
どういったケースで学校は警察に通報しているのか、また、そのことについてその学校のスタンスをどのように決めて、保護者に理解を得ているのかも気になるところです。
今の子どもたちの指導は確かに以前に比べて困難が多いです。これは私も現場にいますから、痛いほどよくわかります。しかし、誤解を恐れずに書くと、現場はもう少し踏ん張っても(警察以外の他の機関に相談し協同して指導することも含めて)いいのではないかと思っています。
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2005年09月20日
不審者侵入対応訓練
本日、「不審者侵入対応訓練」を行いました。
校内に不審者が侵入した時に、学校全体としてどのように対応し、行動するのかの訓練です。
本校は職員数が少ないので、一人ひとりの職員の行動について他校以上に具体的な「決め事」をしておかなければなりません。
たとえば、私が不審者への対応をするために教室を離れたときに、子どもたちを誰がどこに誘導するのか…、といったことですね。そういったことを具体的に確認しました。
また、訓練でも、想定外のことがおこった時に、どのように判断するのかもいろいろ考えさせられました。
子どもたちを誘導した後、体育館に全校で集まって、県の生活安全課の方たちから、「連れ去り防止」について、お話を聞きました。
自分の身は、自分たちで守らなければならない時代になってしまいました。しかし同時に、地域レベルで、どのようにして子どもたちを守っていくのかの取り組みをさらに強めなければならないと感じました。
本市では「こども110番」の取り組みをしています。
児童・生徒等が「声かけ」や「つきまとい」などの身の危険や不安を感じたときに、直ちに駆け込み、救助を求められる緊急の避難所(協力してくれる家庭やお店等)を設置しています。
こういった「ハード面」の取り組みをさらに強化しつつ、一方で、「近所づきあいを広げて、誰もが知り合いになること」といった「ソフト面」の呼びかけをしていくことで、さらに地域の安全が守られるのだと思いました。
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2005年09月18日
どうして「先生」になったの?
子ども(小3)に、
「先生は、どうして『先生』になったの?」
と聞かれたので、少し考えて、
「子どもたちに教えることが好きだからかなあ…」
と答えました。
でも何か足りないような気がして、
「先生は、『先生』になるのが夢だったから、その夢がかなって幸せだよ」
と言いました。
すると、
「わたしは、モデルになるか、歌手になるか、幼稚園の先生になりたいの」
と自分の夢を話してくれたので、
「うん、きっとなれるよ」
と言いました。
その時の、その子の顔がすてきだったので、私もこの年になって、さらなる『夢』をもってみたくなりました。子どもからエネルギーをもらうって、こういうことだと思いました。
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2005年09月16日
ボール投げ
今月末にスポーツテストがありますが、その中の種目で「ソフトボール投げ」があります。
さて、今の子どもたちは、ボールを投げることが苦手です。
ということで、ここ数年、体育の授業でボールを投げる指導をしなければなりません。昔はそのような指導はほとんど必要なかったのですが……。
ボールを投げられなくなってきている原因は、投げる動作をしなくなってきたからですね。
海や川、山に向かって石を投げた経験などもちろんなくて、野球チームに入っている子は別として、キャッチボールをしたり、壁にボールをあてて遊ぶこともなくなりつつあります。
いやむしろ、「物を投げてはいけない」「壁にボールをぶつけてはいけない」と、地域で禁止されている所がほとんどです。
逆に、ボールを蹴る動作は、今の子どもたちは得意のようです。足でボールを操る動作は、私よりも上手な子がほとんどです。
子どもの運動能力というのは、その時代の環境や文化に左右されるものだという典型的な例だと思いました。
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2005年09月11日
その前に窓をあけなさい
千葉はまだまだ残暑が厳しいです。
先日の始業前、子どもたち(小3)が職員室に来て、
「先生、教室が暑いので、扇風機をつけていいですか?」
と聞きにきました。
教室の四隅には、小さな扇風機が設置されています。
「いいよ」
と答えて、私もしばらくしてから教室に行ってみると、なんと窓が全て閉められていました。(苦笑)
そこで、
「扇風機をつける前に窓をあけなさい」
と言いました。
窓をあけてみると、少し風が入ってきて、いくらかは涼しくなりました。
今の子どもたちは、教室が暑かったら「窓をあける」と考える前に、「扇風機のスイッチを入れる」ことを先に考えるのだと、あらためて思いました。
エアコン生活に慣れてしまっているのか、生活環境は大人がすべてレールをしいてしまうので、そういった力が育っていないのか……、いろいろ考えさせられました。
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2005年09月10日
教育実習生との打ち合わせ
昨日、26日から私の教室で実習を行う教育実習生との打ち合わせがありました。
しおちゃんマンは、なんと初めて教育実習生を担当します。なぜか今まで縁がなかったのです。
私自身は大学のときに、母校の千葉県立八千代高校で実習。免許は国語なので国語の授業を実習したのですが、ほとんどテニス部の指導をしていたような記憶があります。
また、大学卒業後、千葉県立教員養成所(当時)に入学しましたが、その時は小学校で教育実習をしました。まとめの授業で、3年生の体育の授業をしました。跳び箱の指導だったのですが、跳べなかった子がその時間に跳べた時の感動は今でも覚えています。
いずれも私にとっては一生忘れられない思い出です。担当の先生方のおかげだと思っています。
そのように考えると責任重大で、気分的には重く感じてしまうのですが、とにかく子どもたちとたくさんたくさん接してほしいと思っています。その中で、教師という仕事のやりがいとすばらしさを感じとってほしいと思っています。
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2005年09月08日
なぜ最近の学校は手紙が多いのか
最近の学校は子どもに持たせる手紙がとても多いです。先日は、合計8枚もあって、子どもたちも私も混乱してしまいました。
どうして学校からのお便りが増えてきたのでしょうか。
一つは、学校外行事等の宣伝ビラに近いものが増えてきたことです。教育委員会を通してたくさんのプリントがまわってきます。
そしてもう一つは、
「学校に『説明責任』が課せられるということで、あらゆる取り組みの『連絡・説明・報告』を保護者のみなさんにしなければならなくなってきている」
ということのようです。
ちなみに、先日文房具屋さんから(これは別の理由からだと思いますが)、インターネット時代になって「紙」の売り上げが減ると覚悟していたら、逆に伸びてきている、という話も聞きました。
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2005年09月07日
自由研究発表会
6日(火)は「自由研究発表会」でした。子どもたちが夏休みにがんばった「自由研究」の、展示・発表会です。

本校の特徴は、
(1)保護者のみなさんも子どもたちと一緒に参観すること。
(2)展示だけではなくて自分の作品について「発表」する形をとっていること。
(3)縦割り異年齢グループで、全学年の作品・発表を見て回ること。
です。
保護者の方に負担がかかること(意図しなくても、どうしても作品の出来栄えの競争になりがち)や、高学年の発表が低学年にはむずかしい等々の課題はありますが、この取り組みの良さを生かしつつ継続していくためにはどうしたらいいのかを毎年職員間で話し合いながら続けています。
子どもたちにとってより良い方向が見つかるといいな、と考えています。
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2005年09月06日
「武勇伝」作文
作文の学習で、「武勇伝」作文というのを思いついたので。試しにやってみました。
ご存知の方はご存知だとは思うのですが…、「武勇伝」というのは、エンタの神様によく出てくる、オリエンタルラジオのネタです。
以下のようなパターンで指導してみました。
○こうしようとおもったら、こうなっちゃった(笑い)
○こうしたかったのに、こうなっちゃった(笑い)
これをヒップホップ的なリズムに合わせて読めるように作文します。「笑い」のセンスと、リズム感が必要なので、むずかしい作文です。
…で、やってみたら、やっぱり小学校3年生にはむずかしかったです。高学年以上でやつてみてください。
それでも、以下のような作品ができました。
○バーレーボールの練習で よそみをしてたら顔面ブロック
○ダンスの練習がんばって グルグルまわって目が回る
○宝くじで一万ゲット 使ったお金は2万円
○何を買うのか悩んでいたら、知らないうちに閉店だ
○虫とりあみで昆虫ゲット 穴があいてて逃げちゃった
○魚釣りに行ったけど えさをわすれてつれないよ
○知らない子に「あそぼ」と言われ はずかしがってSOS
○UFO見つけて大さわぎ 写真をとったらお皿がとんでた
ネタができたら、『武勇伝、武勇伝 デンデンデデンデン~、』とグループごとに発表してみるといいかもしれません。
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2005年09月03日
ドラム練習開始
10月22日(土)に音楽会があります。本校では運動会と並んで力を入れている学校行事です。
各学年の発表(合唱・合奏)の他にも、PTA有志による合唱や教師の合奏もあります。
その教師の合奏で、しおちゃんマンは昨年度からドラムを担当しています。ドラムなど生まれてこのかたやったことがないので、昨年度は一から勉強し、練習しました。
今年もドラムをやることになったのですが、一年間スティックを握っていなかったことと、今年度の曲は昨年の曲とは違ったリズムなので、またまた練習しなければならないようです。
子どもたちに負けないようにガンバラねば……。
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2005年09月01日
始業式の日
2学期のスタートの日。まず体育館に全校で集まって始業式をしました。3年生が並んでいるのを他の先生方が見ていて、
「女の子が極端に少なくなっちゃったねえ」
と言っていました。
Iさんが転出し、さらにこの日は女の子が2人欠席だったので女子は7名しか並んでいませんでした。18名の男子に比べて、列がとても短く感じました。
教室では夏休みにがんばった自由研究の作品を見せてもらいました。どの作品も、とてもよく工夫されていて感心してしまいました。

(左:わらぞうり作り/右:公園マップ)
それが終わったら、夏休みの様子を話してもらいました。ただ話をするのはつまらないので、たとえば…、
「自分こそ一番遠くに出かけたと思っている人は?」
と聞いて、何人か立ってもらってそれぞれ話をしてもらいました。
外国にも出かけた人がいて、すごいなあ…、いいなあ…、と思いました。他にもいくつかこういった形でテーマを投げかけて、全員に簡単なスピーチをしてもらいました。
10:45から、避難・引渡し訓練を行いました。
災害がおこった時に、私たち大人がどのような順序で行動し、子どもたちを守っていくのかを再度確認していきたいと思いました。
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2005年08月31日
明日から2学期
いよいよ明日から2学期が始まります。
2学期前日は、日刊通信や学年便りを印刷してスタートにそなえます。
日刊通信は、1学期はの授業日数は69日だったので、これまでに69号発行しています。ということで2学期は70号からスタートです。
なお、この通信は、子どもたちの名前をふせて、メールマガジンでも紹介していますので、よろしかったらご購読ください。(このblog記事とダブッている記事もありますが、そうでない記事も読めます)
この夏休みはまず、自分の健康について大いに反省させられました。
また、いろいろな所に講座に出かけて、それぞれの地域の教師のみなさんとコミュニケーションを深めることができ、私自身も大いに学ぶことができました。
この夏休みで学んだことを2学期に大いに生かして、顔晴って(頑張るの当て字です)いきたいと思います。
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2005年08月22日
手の皮フニャフニャ

今日の午前中、10月のバス遠足の下見に行きました。左の写真が「キッコーマン-むらさきの里『もの知りしょうゆ館』」、右が「清水公園-フィールドアスレチック」です。
アスレチックの担当の方が、
「軍手の用意をした方がいいかもしれません」
と言うので、どうしてなのか聞いてみると、
「最近の子どもは、ロープにぶらさがっただけで、すぐに手の皮がむけてしまうので…」
ということでした。
そうか…、子どもたちの体は、もうそこまできてしまっていたのか…と、なんだか悲しくなりました。
鉄棒やうんてい、どろんこ遊びや木登り、水を使った家での仕事など、子どもたちの生活からいよいよ本格的になくなりつつあるのかもしれません。
私たち大人は、こういった子どもたちの生活について、真剣に考えなければならない時期に来ているのだと思いました。
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2005年08月16日
再教育センター
「女王の教室」で「再教育センター」というのが出てきて、話題になっているようです。中には「そんなもの、本当にあるの?」という質問もありましたが、千葉県でも幕張の研修センターで行われているはずです。毎日新聞によると、
04年度中に「指導力不足」とされた公立学校の教員は、全国の58教育委員会で計566人(前年度比85人増)に上り、00年度に認定が始まってから最多を更新したことが文部科学省の調べで分かった。~中略~指導力不足を理由に研修を受けた人数は377人に上った。うち93人が依願退職、127人が現場復帰した。
ということです。それでは、何をもって「指導力不足」と認定されるのかと言うと、
指導力不足教員 各教委が「児童・生徒に適切に対応できないため、人事上の措置を必要とする者」などと独自に定義して認定する。
はい、各教委が独自に定義できるわけで、それもかなりあいまいな定義なので、いくらでも拡大解釈できるわけですね。したがって、
横浜市の27人が最も多く、次いで千葉と三重県が25人だった。
とありますが、この結果で、単純に横浜や千葉、三重に「指導力不足教員」が多いということにはならないわけです。つまり、各教委によって認定の仕方が違うわけですから。
こういったシステムがあると、ますます「名物先生」が減るでしょうね。また、私が一学期に行った「銭湯」の授業のような、教科書にない、ちょっと変わった教え方をするのにも躊躇してしまいます。
学校にはもっといろいろな教師がいた方がいい、というのが私の考えです。
「すごく恐くて子どもには人気がないけど、勉強はよくわかる」とか、「保護者には人気がないけど、なぜか子どもには人気がある」とか、「子どもと一緒に管理職に叱られてしまう教師」とか、「職員室で浮いていたり管理職とけんかばかりしているけど、子どもや保護者から信頼されている」とか……、そういったいろいろな教師がいて、いざという時には、話し合いで合意して教師集団として力を発揮する。そんな学校がいいと思っているわけです。
いろいろな教師がいて、いろいろな意見があるからこそ教育内容が深まり、教育力が発揮できるわけです。
「上」から降りてきたものを無批判にこなすことばかり考えている学校は必ず子どもや保護者の皆さんとスレチガイを生み出します。
「再教育センター」のようなシステムが、学校の「教師集団としての教育力の発揮」をつぶすことにつながらないように願っています。
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2005年08月13日
ラップって……
10月の音楽会の学年発表で教室はまちがうところだ をラップ調で発表してみたいと思っているのですが、早くも挫折しかかっています。
というのは、しおちゃんマン自身にそのリズム感がまったくないこと。試しに自分で口ずさんでみたら、お経みたいになってしまいました。
この夏休み中にメドをたてたいと思っているのですが、何から始めたらいいのか……。
インターネットで指導例をさがしているのですが、さすがにそういった指導事例はないですねえ。
地域にラップ・ヒップホップ系のサークルみたいなものがあれば、そこに聞いてみようかと探しているのですが……。
このまま挫折するのは悔しいので、なんとかしたいです。
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2005年08月05日
「順位をつけない運動会」の謎
夏休み明けに、さっそく運動会の練習が始まる学校が多いのではないでしょうか。(本校は1学期に運動会を終えました)
さて…、最近の小学校では運動会に順位をつけない…、そんなことをやっているからダメなんだ…、と学校を批判するのに「運動会に順位をつけない」ことがよく使われます。
しかし、少なくとも私は、そんな学校は見たことがないし、他県でやっているという話も聞いたことがないのです。本当にそんな学校があるのでしょうか?
謎です……。
blog「小学校校長のお仕事」の校長先生も、この件に関して次のように書かれています。
実は私も、仕事柄、結構多くの小学校の運動会を見ていますが、順位をつけない徒競走にはお目にかかったことがありません。
はいはい、私も同様です。そしてさらには、
私は、どうやら戦後の平等教育を批判するために、意図的に「順位をつけない徒競走、お手々つないでゴールイン」などという話が流されたのではないかと勘ぐっています。
とまで書かれています。
もしそんな学校があったとしても、全国で一つか二つなのではないでしょうか。しかも、その学校なりの…、またはその年度だけの特殊な事情があったとしか考えられません。(残念ながら私には、そういった事情が何なのかは思いつきませんが……)
それを、日本全国の小学校がやっているように思われてしまっています。
もしかしたら、学校に対して、こういった誤解がもっとたくさんあるのかもしれません。
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2005年08月03日
お父さんの学校参加
今日は日番で出勤しています。
これで、全生研大会をはさんで、10日間休みなしになってしまった……。
夜はクラスのお父さん達と懇親会の予定。
学級役員さんに連絡網でまわしてもらって、何人かの方が都合をつけてくれました。
ここ数年、市内の学校では「父親の会」(それぞれによって名称は様々)を発足させて活動していることをよく耳にします。
そんなみなさんにお話を聞くと、仕事がフレキシビルになってきたので、時間の使い方によって「学校」ともお付き合いできる時間がつくれるようになったとのこと。しかし「いや、そんなことはない」と答える人の方がまだまだ多いのではないでしょうか。
教育・子育てが、母親と学校の関係だけで成り立つものではないことは誰もが認めるところなのですが、現実的にはまだまだ母親が中心に学校との関係が進んでいます。
では、父親の立場としてどのような形で教育・子育てに参加していくのかという課題は日本ではまだまだスタートしたばかりなのです。
そこでまず、かたいことは抜きにして楽しく話をしたいと思っています。ということで今回は私的な懇親会です。楽しみにしています。
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2005年07月30日
女王の教室「いじめ」
まだ今日の「女王の教室」は見ていません。今日から研究会で宿泊なので、帰ってきてからビデオで見ることになると思います。ということで、ドラマとは直接関係のないところで「いじめ」について考えてみました。
最初に確認しておきますが、私はもちろん、いじめの行為は絶対に許さない立場です。
●「仲間はずし」や「いじめ」でつながる子どもたち
今の子どもたちは、仲間との信頼関係を築くことが苦手です。「自分は、一人ぼっちにされるのではないか」という不安と常にたたかいながら生活しているようにも見えます。
そしてそんな「不安」から逃れるために、ある個人を標的にすることで、他の仲間と「つながろう」とすることがあります。誰かが標的になっている限り自分に「攻撃」がくることはないし、攻撃することで「つながっている」ことの安心感(不安定な安心感)が得られるからです。
そしてそれは、具体的には「仲間はずし」や「いじめ」という形で表れることがあります。また、その「攻撃」の対象が日ごとにくるくる変わることもあります。
しかし最近では、こういった形での「いじめ」は、低学年から中学年にかけてが多いようです。高学年になると、自分を二重三重に「偽装」し、表向きは上手に付き合おうとする子が出てくるからです。さらに言えば、「いじめる行為」そのものをダサイと感じる子が出てくるからです。
しかし高学年でも、信頼関係を結ぶ「力」、共同する「力」が育っていないので、何か大きな力が加わったり(事件や暴力)、何かきっかけがあると、果てしない「いじめ」の世界へ突き進んでいくこともあります。
いずれにしても、子どもたちの中に、信頼をベースにして「つながる」ことの「力」を育てていかない限り、こういった問題を子どもたち自身が乗り越えることはできないのだと考えています。
●「仲良くしなさい」では……
女子の三人グループで、次のような事例がよくあります。
一見、仲良しに見える三人組が、常にそのうちの一人を「仲間はずれ」にしたり、「悪口」を言ったりするケースです。つまり、そういったことで残りの二人が、より親密になろうとするのです。このケースは「いじめ」の対象が日によって変わり、常に誰か一人が元気がないという状態が続きます。
さて、こういったことが起こると、担任や親は、得てして「三人で仲良くするように」と指導してしまいます。しかしこれは子どもたちにとっては無理な話なのです。
なぜなら、信頼関係がないところでの「仲良し関係」では、常に「一人ぼっちにされるのではないか」という不安がつきまとっており、そしてその「不安」から逃れるために、一人を標的にしているわけですから、「三人で仲良くする」ということは、その「不安」を増大させるだけで、解消することにはならないからです。
それではこういったケースの場合、どんな指導の視点を持てばよいのでしょうか。
一つは、「仲良くすること」を押し付けるのではなく、「仲間はずし」や「いじめ」の行為そのものを具体的に否定することです。
二つ目は、当事者の保護者同士の連絡体制を密にし、保護者同士の中でも、そういった行為について共同して指導できる体制を作ることです。
そして三つ目が、グループを外に向けて開きながら、信頼関係をベースにした新たな関係を作り出す集団づくりを進めることです。
もう少し具体的に考えてみましょう。
☆まだ続きます。この記事の一番下の[続きを読む "女王の教室「いじめ」"]をクリックしてください。
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●行為そのものを否定すること
「いじめ」を事実としてつかむためには、日常的に子どもたち一人ひとりとパイプを持つことが大切です。ちなみに、そのパイプとは、顔をつき合せて話をするのではないパイプの方が事実をつかみやすい、というのが私の経験です。
なぜなら、教室でのおしゃべりの中では、子どもたちは多くの関係性の中で自分を保とうとしていますから、なかなか本音が出にくいという傾向があるからです。したがって私の場合、そういったパイプは、日記であったり、メールであったりします。
次に、出てきた事実に関しては、必ず複数のパイプでその事実に対して確認をとる必要があります。つまり、本人だけでなく、他者から見た「事実」ともつき合わせながらつかんでいく必要があるということです。
いじめの事実をつかんだら、私の場合は当事者ではない子から話しを聞くことが多いです。そういった立場の子の方が、その事実を客観的に、そして冷静に見ていることが多いからです。
正確に事実をつかんだら、次に個別に指導します。この場合、先に述べたように、「三人で仲良くしなさい」と指導するのではなくて、「いじめ」の行為そのものをまず強く否定します。そして一方で、いじめなくても大丈夫であること、つまりその子の「不安」に共感しつつ、解消していく方向で話をしていきます。
そして場合によっては、全体で話し合うこともあります。「いじめ」の構図は、当事者だけの問題ではなく、教室の全体の問題であることが多いからです。つまり、いじめの行為があるにもかかわらず、それに対して無関心であることを問題にしなければならないからです。
ただし、全体で話し合う場合、当事者達に十分に了解を得ることが大切であることは言うまでもありません。
●保護者同士の連絡体制を確立する
「いじめ」の事実が、いじめられている子の保護者から知らされる場合があります。その時にまず注意しなければならないことは、「いじめている」側に対しての批判に終始してはいけないということです。(いじめの行為はもちろん否定します)
そこではまず、子どもたちの「不安」について共感してもらい、相手の親ともそのことを共有し、連絡体制を整えることを呼びかけることが大切です。
しかし保護者もまた、なかなか他の保護者に信頼関係が持てないでいます。ましてや、自分の子が「いじめ」の対象になっている場合はなおさらです。ゆえに親同士のトラブルになってしまうことが多いのです。
そこで、こういった場合は私が間に入って、いじめた側の保護者に話をします。そしてその時も、その子や保護者を責めるのではなく、いじめの行為は否定しながら、一方で「不安」の中にいる子どものことを共感的に話します。
そして、その行為について家庭でもよく話をしてもらうことを約束してもらい、一方でいじめてしまった子の家庭に連絡をとり、いじめの行為について謝罪しつつ、今後の共同について呼びかけることを話してもらいます。
大切なことは、我々大人が子どもたちの「不安」を解消するために、共同して取り組むことであり、いじめの行為は否定しても、その子を批判することに終始してはいけないということです。
●外に向かってひらくこと
誤解を恐れずに書くと、いじめは「仲良しグループ」であるからこそ起きると考えています。
だとしたら、その「仲良し」の中身にこそ注目しつつ、その質を変えていく必要があります。
一つは、その仲良しグループに依拠しながら、何か共同して行動できるものを提起してみることです。つまり、「不安」の関係から「共同」の関係に、その関係性を転化していくのです。
具体的には、その子たちの共通の話題に注目し、それをサークル化したりするのも一つの実践だと思います。
そしてサークルが出来たら、さらに仲間を増やしていくように呼びかけてみたらどうでしょうか。さらには、そのサークルにクラスとしての役割を与えながら、公的な組織として認めていくといった実践の方向性も考えられます。
具体的なサークル実践については、別な機会で書いてみたいと思います。
さて、いじめの問題は、必ずしもこういった「不安解消型」ばかりではないことはもうおわかりだと思います。
しかし「いじめ」を許さず、それを乗り越えていくのは子ども自身であること…、つまりその「力」を育てることこそ、どのようなケースにおいても大切であり、その力を育てていくのが私たち大人の役割だと考えています。
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2005年07月28日
人間ドック
人間ドックを受けました。教師は法律で毎年健康診断を受けなければならないことになっています。
しおちゃんマンの歳になると、もう体の中身はボロボロでして、毎年いくつかひっかかります。再検査を受けなければならないものもあるのですが、その時間もなく、忙しさを理由にごまかしてしまいます。
今年も新たなやっかいな項目がひっかかりまして、これはごまかしきれないなと……、少し落ち込んでいます。
自分の日常を振り返ってみると、タバコは吸うは、コーヒーはブラックでがぶ飲みするは…、まともに睡眠はとらないし、私の場合土日もいろいろ仕事があるし、さらには食事も偏っているし…、自ら命を縮めているようなものなので、この結果はしかたがないかなと……。
組合の調査によると、教職経験者の平均寿命が短くなっているそうです。日本人の平均寿命は伸びているのに……。
平均寿命が短くなっているのだったら、太く・短く生きたいと思いつつ、なかなかその中身が「太く」ならなくて…、ますます焦ってしまう今日この頃です。
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2005年07月27日
「後始末」を意識的に!
夏休みに「家庭で意図的に取り組んでほしいこと」シリーズです
今の子どもたちは、準備をすることには意欲的ですが「後始末」が苦手です。
これは、家庭では親がやってくれるだろうということが体にしみついてしまっていること…、逆に親からしたら、自分で後始末をしてしまった方が早いのでついつい手を出してしまう……。
一方学校でも、準備とその取り組みの指導は手厚くするのですが、それに比べて「後始末」の指導は二の次になりがちなこと……、があげられると思います。
「後始末ができない」ということを言い換えてみると、
・無責任
・やりたい放題
・後は知らん顔
・言い逃れ、責任転嫁……エトセトラ
ということです。今の子どもたちや若者、いや、日本の社会の問題にまでつながっていることがわかります。つまり「後始末」のしつけや指導は、とても大切なことだということになります。
さて、「後始末」とは何かを考えてみると、次のように考えられると思いました。
[後始末って]
1)実は「後始末」は、「次への準備」なのです。
2)「後始末」は、自分だけでなく他者(みんな)のことを考える「しつけ・指導」です。
3)「後始末」は、仕事の段取り(簡単に素早く、そしてきれいに)を教えることができます。
4)「後始末」は、「準備」よりも簡単です。『準備は10分、後始末に5分』を合言葉にしてみましょう。
※「準備」は、アイデアや工夫、さらには「相談」という要素が入ってくるので時間をかけてもいいのかも。
さて、家庭ではまず何ができるでしょうか。今日はとりあえず三つ、すぐにできそうなことを提起してみますね
一番簡単でわかりやすいのは、「はきもの」の「しつけ」です。日常的に「はきもの」がぬぎっぱなしになっていませんか?
はきものをそろえるというのは、「後始末」の行為であると同時に、出発の準備を整えることでもあります。したがって、出発するときに「そろえておいたから、すぐにはくことができるね」という言い方で教えてあげると、子どもはよくわかると思います。
次に、洗濯物を取り込んで、タンス等にしまうまでの仕事を子どもに教えてみたらどうでしょうか。
これも「次に使うときに、いかに使いやすくしまうか」の指導になります。また、当然自分のものだけでなく、家族みんなのものを片付けるわけですから、家族みんなのことを考えることにもつながります。
最後に、食事の後始末を教えることです。子どもたちに聞いてみると、食事の準備のお手伝いはするけれど、後始末をする子は少ないことがわかりました。
食事の後始末は、簡単に素早く、そしてきれいに片付ける「段取り」を教えることができます。また、残し物があった時など、食べ物の大切さにも気がつくことができます。
どうでしょうか。これくらいならできそうですね。
この夏休みを利用して、ぜひチャレンジしてみてください。
余談になりますが、教室では「後始末」ができないのは男の子に多い、という傾向があります。(あくまでも「傾向」です)
これは上記のような家事労働は女の子には小さいときからやらせるけれど、男の子にはやらせないという傾向が日本にあるからではないでしょうか。
まず大人の価値観を見直すところから、こういったしつけや指導の問題を考えていく必要があるのかもしれません。
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2005年07月26日
台風にそなえて

今日は、水泳指導のために出勤しましたが、もちろん中止。
台風にそなえて、玄関や昇降口の外に置いてあったプランターを室内に入れる作業をしました。
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2005年07月25日
保護者からの無理難題
私は読んでいなかったのですが、少し前に朝日新聞で「保護者の無理難題」というテーマで記事が書かれ、話題になっているとのこと。さっそく記事の中身を教えてもらいました。
「無理難題」の中身を紹介してみると、
管理職が挙げる「保護者の要求」(小野田正利教授の調査から)
【小学校】
○「私学受験の勉強のため1カ月休ませてほしい」
○学校からの給食費などの徴収金催促に「そんなにお金のことを言うならもう学校に行かせない」。
○校外学習中のすり傷を消毒し、学校に連れ帰ったら「なぜ医者に連れて行かなかったか」と苦情。
【中学校】
○「(任意の)検定試験に合わせ学校行事の日程を変えてほしい」
○教師の罷免要求の署名運動を自分の子どもを使い校内でさせる。
○校内でけがした生徒の通学用タクシー代を請求。
○「家で風呂に入らない。入るよう言ってほしい」
○担任発表後「あの先生は気に入らない。変えてくれ」。
○授業中に読んでいたマンガを取り上げたら、「すぐに返してやれ」と来校。
【高校】
○欠席数が規定を超えているのに、進級・卒業を要求。
○原級留置(留年)に納得せず、議員、教委に言いつける。
他にも、以下のような事例を紹介。
●教諭宅に抗議の電話
首都圏の私鉄沿線の小学校に勤める女性教諭は夜、自宅の電話が鳴ると布団をかぶる。「あ、また、あの親だ」と思うからだ。
昼休み、男の子たちのけんかを注意した日。1人の子の母親から激しい口調で電話があった。「なぜ、うちの子だけしかるんですか」。「他の子も指導しましたが……」と伝えると、「平等だったのですか」。以来、毎日のように深夜、電話が鳴る。「宿題が少ない」「通知表のつけ方が変」……。教諭は体調を崩し、病院に通う。「私がまるごと否定されているようで」
初めて会った父親にいきなり校長室のテーブルにテープレコーダーを置かれたのは、都内の中学校の男性教師だ。授業中の私語の指導をめぐって「異論があります」と切り出された。その親は教師対応のマニュアル本からチェックリストをコピーしてきていた。「教師は悪と決めてかかっていて、やりきれない」
関西の住宅地の小学校に勤務する教諭は、母親から1枚の紙を示された。見ると「1年1組 ~先生」「2年1組 ~先生」……。全学級の担任配置案だ。母親の子の学級には、力のある教師の名が書いてある。「この通りでお願いします」と親は屈託ない。
「うちの子を~先生のクラスにと希望されたことはあったが、全担任案とは」と教諭は驚きを隠せない。
最近のこういった「無理難題」に聞こえるものはめずらしいものではなく、私のまわりの事例をあげろと言われれば、この5倍くらいはあげられるわけで、学校によっては「事例集をつくろうか」などと、笑えない冗談が出るほど増えてきています。また、教師個人が、訴えられたときのための損害保険への加入も広がってきています。
ゆえに、この特集が組まれたことに全国のほとんどの教師は「やっと、とりあげてくれたか」と大きな拍手をおくっているわけで……。
でも……、なんか変だなあ……、と、しおちゃんマン的には考えてしまいました。(などと書くと、全国の教師仲間から一斉に批判をあびそうですが…)
この件は、もう少し慎重に考えたほうがいいのではないかと思ったわけです。下手をすると、教師と保護者との関係がますます希薄になってしまうことにつながるのではないかと心配しているのです。
さて、こういった保護者について、朝日新聞は次のように報道しています。
(この記事の一番下の[続きを読む]をクリックしてね)
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○学校や教師の社会的地位の低下。
○今の保護者の世代は上の世代と比べて、自分の子どものことしか考えない傾向が強い。
○親自身、批判されることに慣れておらず、傷つきやすい。教師から子どものマイナス点を指摘されると、逆ギレしてムキになることもある
(諸富祥彦・明治大文学部助教授:教育臨床学)
○地域で孤立し、悩みを打ち明けられない。子どもとの距離は少子化で短くなり、子どもの問題を我がことと重ねがちだ。
(嶋崎政男・東京都福生市教育委員会指導室長)
さらに現場の声として、
○問題を抱え込んでも解決しないのに、校長の裁量が大きくなり、教師が話し合う時間がなくなった。家庭訪問も消えつつあり、親とのコミュニケーションがとりにくい。
(東京都の中学校教諭)
そして国や教育委員会にとってほしい対応策としてアンケートであがってきた声は(アンケートに答えたのは管理職です)
●保護者の声を受け付け、対応する窓口を
●学校に顧問弁護士を
●保護者対応の研修を
さらに小野田教授は、以下の2点を提案しています。
(1)学校、保護者双方の言い分を聞いて調停する第三者機関の設置
(2)拡大しきった学校の守備範囲の明確化。
そして記事は、以下のように締めくくっています。
◆第三者の知恵借りる態勢を
「こうしてほしい」と求める親と、「なぜ、そこまで」という教員と。一部とはいえ、そのズレが摩擦になり、過熱して、トラブルとして発火する場合が増えている。
今の保護者は「先生は敬うべきだ」という上の世代に比べ、学校不信を抱いている人が多い。親同士や地域のつながりが薄く、我が子と向き合い、ストレスをためる。その受け皿の一つが学校になっている。これは教育問題にとどまらない。社会問題である。
保護者対応を扱った本の多くは、教員が親の気持ちに共感するよう説いている。だが、寄り添うだけでは解きほぐせない事例が増えていることも、また事実だ。そのままにしていては教員も保護者も消耗し、肝心の子どもが置き去りにされる。
トラブルを受けとめる「保水力」が学校も保護者も弱まりつつあるいま、学校医のように弁護士やソーシャルワーカーらに依頼しておき、ともに考えてもらう。両者の関係は、そうした仕組みづくりが求められる時代に入ってしまっているのかもしれない。
う~ん、さすがに新聞記者さんは文章が上手だなあ…と感心してしまいました。まさにその通りだとは思うのですが、なぜか私にはこの記事に違和感があるのです…。なぜだろう??
その違和感を一生懸命考えてみてやっとわかりました。
記事は、保護者からの声をすべて「無理難題」として一緒にしてしまっているからだと思いました。そして、保護者からの声を第三者機関にゆだねることで、教師と保護者との関係がますます希薄になってしまうのではないかという懸念が私の中にわいてきたのです。
ということで、保護者からの声をすべて「無理難題」として処理するのではなく、一つひとつ吟味していく必要があるのではないかと考えました。
たとえば、
○「私学受験の勉強のため1カ月休ませてほしい」
というのは、本市では毎年たくさんあるわけですが、それは進学塾がそのように指示しているからであって、学校はその声の出どころの進学塾にこそ相談するべきではないでしょうか。
また、
○校外学習中のすり傷を消毒し、学校に連れ帰ったら「なぜ医者に連れて行かなかったか」と苦情。
というのは、本当に「苦情」だったのでしょうか?家に帰ってから医者に連れて行ってみたら、けっこう大変な傷だったのではないでしょうか。だとしたら、学校に文句の一つも言いたくなる気持ちもわからなくはありません。あっ、苦情ですね。(笑)
だとしたらそういった声は、たとえば、養護教諭(保健の先生)の数を増やしてほしいという声にして、教師と一緒になって自治体に要求していくという方向も考えられます。
さらには、
○「家で風呂に入らない。入るよう言ってほしい」
これって、学校に対する無理難題としての要求だったのでしょうか?中学生にもなると親の言うことなどはなかなかきかないわけで、風呂に入れ、という問題だけでなく、この話題をきっかけに、思春期の子どもとどう向き合っていけばいいのか、教師は親と一緒になって頭を抱えて悩めるチャンスだったのではないでしょうか。そしてこういった悩みが多くの保護者にあるとしたら、そういったテーマで保護者会で話題にしてみる方法もあると思います。
きりがないので、事例についてはここらへんにしておきます。大切なことは、これらの声をすべて「無理難題」として片付けるのではなく、よく吟味して、逆に保護者と一緒になってその解決策をさぐっていくことだと思っています。
さて、誤解のないように書いておきますが、教師が人格丸ごと否定され、体調を崩すような、それこそ「無理難題」に対してはそれなりの対策と「仕組みづくり」が必要であることには賛成です。同時に、子育ての悩み(地域のおつきあい含む)相談のような機関があってもいいと思っています。
しかしこの記事によって、保護者の学校や自治体に対する真っ当な要求が無視され、保護者バッシングになっていかないことを願っています。
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2005年07月22日
教師の仕事を数値で評価できるか
千葉県も今年度から教師の評価制度がスタートしています。ただし今年度はまだ「自己申告(自己評価)制」です。
簡単に説明すると、自分を各項目について3段階で評価し、それを元に管理職と面接をして、その評価結果を教育委員会に報告するというものです。
来年度以降は、この形をそのまま続けるのか…、または東京都の一部の地域のように管理職が評価してそれを給与や人事に反映させていく形にしていくのか…、は検討中とのことでした。
さてそれとは別に、「学校評価」と称して保護者を対象にアンケートの形で学校を評価してもらうという取り組みを本校では独自に学期ごとに行っています。項目は8項目で、4段階評価です。
これは本来学校全体の評価をしてもらう取り組みなのですが、結果は学年ごとに集計されるので、単学級の本校の場合、それがそのまま「保護者による担任評価」になってしまうわけです。
保護者はそれがそのまま担任評価に間接的に結びついてしまうとは考えていないと思いますし、各担任もそれが自分の評価だとは考えていません。しかし、やはり学年ごとの評価は気になる……、ということです。
幸いどの学年のアンケート結果も、ほとんどが3点台で、最初はホッとしていたのですが、しばらくして「これはなんか…変だぞ」と気がつきました。
それは、「自己申告評価制度」にしても、「保護者による学校評価アンケート」にしても、教育の仕事を数値で、しかも短い期間(学期ごとや一年間)で評価できるのか…、ということです。
さらに言えば、教育の仕事は、教職員集団(教師個人ではない)と保護者、そして地域が一緒になって進めていくものだと私の場合は考えていますので、教師を個人的に評価したり、評価されたりということにとても抵抗があります。
これらのことがクリアーされない限り、現行の教師評価制度や学校評価アンケートは、職員室に気まずい雰囲気を生み出せても、教育力を高めることはできないと考えています。
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2005年07月21日
教師の夏休み05
昨年のこの時期、「教師の夏休み」というタイトルで記事を書きました。それを読んだみなさんから、「教師は子どもと一緒に休んでいるのかと思っていた」「こんなに大変だとは知らなかった」「普段よりも夏休みの方が忙しいとは…」といった驚きのメールをたくさんもらいました。
教師の忙しさを自慢したり、うまくいかない時の言い訳したりするつもりはありません。さらに忙しくて大変な職種もあることも承知しています。
ただ、事実は事実としてきちんと知ってもらってからご意見なり、批判なりを受けたいと思っているわけです。
今日から、本校の5年生が二拍三日の林間学校(宿泊学習)に向かいます。それに何人かの職員が引率します。人数が少ない本校では人手不足で大変です。
残った職員で、水泳指導を進めます。しおちゃんマンは今年、水泳指導組です。
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2005年07月20日
一学期終了
今日で一学期が終了。授業日数は69日でした。一学期は、運動会や銭湯の学習で、子どもたちと一緒に楽しく学習することができました。子どもたちが毎日、目をキラキラさせて学習してくれたことが何よりもうれしかったです。
一学期最後の日刊通信には、以下のように書きました。
今日で一学期が終わりました。皆様のご支援のおかげで、学級通信「ザ・教室」も、一日も欠かさず発行することができました。本当にありがとうございました。
この一学期、子どもたちの成長には目を見張るものがありました。どの子の顔つきも、しっかりしたものになってきました。この調子で、2学期からもがんばってほしいと思っています。
学習面では、算数と社会に力を入れて指導しました。
算数では、どの子も計算力が向上し、社会では、浦安市について、地図や体験を通して大いに学ぶことができました。
一方、国語の指導が今ひとつだったと、大いに反省しています。保護者会でもお話しましたように、予定していた漢字テストが実施できず、音読の学習もなかなか継続できませんでした。
さらには、子どもたちは作文力に大きな課題があることがわかり、どうにかしなければいけないと強く感じています。2学期はこれらの課題を最重要指導課題としていきたいと考えています。
生活面では、とにかく学校は楽しいところだということを教えることがこのクラスには必要だと考え、いろいろな工夫をしてみました。保護者の皆様のご理解もいただき、子どもたちは毎日本当に生き生きと生活していたと思います。
2学期が始まると、さっそく音楽会の準備が始まります。
音楽会のステージで、子どもたちのさらに成長した姿が見せることができるように、この夏休み、私も大いに勉強し、準備を進めたいと考えています。今後ともよろしくお願いいたします。
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着衣水泳

19日に、着衣水泳を行いました。着衣水泳とは、服を着てプールに入る学習です。
※写真は、ペットボトルを利用して、上向きに浮く練習をしているところ。
着衣水泳が必要とされる場合は、何らかの事故に遭遇したときや不意に水に落ちた時などが想定されます。
このような状況に陥った場合は、慌てずにその場で対処したり、出来るだけゆっくりと長く、そして疲れないように泳ぐことが要求されます。
また、着衣での泳ぎは、水の抵抗が大きく、動作が制限されるなどの特徴があり、さらに事故に遭遇した状況や着衣の種類によっていろいろな泳法で泳ぐことが必要になります。
[着衣状態の特徴]
(困る点)
1)服から泡が出ることにより水中でまわりが見えにくい。(水も濁っている)
2)服が抵抗になって水中での動作が行いにくい。
3)クロールで水上に腕を上げること、水を含んだ服の重みで身体全体が沈む。
4)靴を履いたバタ足は、推進力が小さくて下半身が沈む。
5)スカートや、浴衣は、足から落ちると顔を覆ってしまうことがある。
6)水着での水泳のように早く泳げない。
(良い点)
1)背中やお腹に空気が溜まると浮きやすい。
2)服を着ていると、水温が低くても温かく感じる。
もし、服を着たまま水に落ちたら…
1)鼻から水が入ったり、気管に水が入っても慌てない。
2)まず上向きになる。上向きだと空気も吸えて、声も出せる。
3)服の中の、背中やお腹の空気を逃がさない。
4)そのままの着衣の状態でゆっくりとした動作で、速く泳ごうとせず、浮いていることに重点を置いた平泳ぎをする。
5)川などの流れのあるところでは、下流の岸を目指して泳ぐ。
6)顔はなるべく上げたまま泳ぎ、人を見かけたら助けを呼ぶ。
7)保温の為、また脱衣に体力を消耗しない為、服は脱がない。但し、スカートは足にまとわりついて泳ぎにくいので脱いだほうが良い。
8)簡単に脱げる靴は脱ぐ。但し、平泳ぎは靴を履いても泳げる。
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2005年07月14日
女王の教室
今、話題になりつつある日テレ系ドラマ「女王の教室」の過去2回分をビデオで観ました。
「悪魔のような女性担任教師に子どもたちが挑んでいく」といった単純なドラマじゃないと思いました。
いわゆる今の学校現場で、タブー視されていることや、ごまかしていることなどを削ぎ落としていくとああなるよなあ…ということだと思います。
そういった意味で、「グタグタやっているんだったら、ああやってくれた方がすっきりする」といった声があるのもうなづけますし、賛否両論がおこるのもわかります。
その教師がやっていることは単純なことです。(ゆえに非常にわかりやすい)
・テストの成績で、下から2番目までの子は教室のいっさいの「雑用係」をやらされる。教師に反抗する子も同様。(成績
